異世界カフカ

えふちゃん

第1話

キーンコーンカーンコーン…キーンコーンカーンコーン…と一日の終わりを告げる鐘が鳴り、日直が気怠げに号令をかける。「起立。気をつけ、さようなら。」

堰を切ったように皆が談笑を始め、忽ち和気あいあいとした雰囲気が漂い始めた。私も、親友の矢野やの すいと話始める。

「オットラ〜!あの小説さ、続き読んだ?」

「ふふ、今週はヤノーホが読んだところまで追いつくって言ったじゃん!トーゼンだよ!!…あのラスボスの大神官、キャラが好きだったから倒されちゃって悲しかったな。敵だったけどかっこよかったし」

「えー?そうかな、あいつキモいじゃん。やっぱり好みがオットラらしいねえ」

「ふふふ...単眼触手キャラの良さは通のみぞ知る...だよ?」

そう、私は個性を求めて本と変なものを好きになっただけのフツーの中学2年生。

本当の名前は西黒にしこく 音良おとら。だけど、オットリしているから

『オットラ』って周りから呼ばれてる。どちらかというとカースト下位のオタクだけど、これまでいじめもアクシデントもなく、順調に学校生活を楽しんでいた。

今日も矢野穂――ヤノーホと本の話をしながら一緒に帰る。

帰ってきて、明日の支度やら何やらを済ませると、もうすっかり夜も更けてしまっていた。時計は11時を回り、書き物机の頼りない照明を消して、心地よい蛙の鳴き声に身を委ねる。明日の楽しみや友達のことについて深く考えていると、意識は立ちどころに薄れてゆく。そうしていつもと変わらない朝を迎える……はずだった。


目覚めると、真っ黒な木々が私を覆い隠すように生えていた。朦朧とした頭で、木が黒く見えるのは今が夜だからだろう、もうひと眠りしようか、と考えたところで違和感を覚えた。どうして私は森の中にいるんだろう?夢にしては感触もやたら現実的だ。しかし、こうしてなんて居られない、早くしなくてはという何か不思議な胸騒ぎに駆り立てられてあてもなく走り出した。…どうせ夢なのに、何故か心が騒がしい。

暫く走っているとそこだけ地面の感触がゆるくなっている方向があり、その先を見れば小さな池があった。水場も相変わらず墨汁をぶちまけたようにまっ黒けで、とてもこの世のものとは思えなかった。

水場を覗き込むと、自然と自分の姿も浮かび上がる。一つ目で耳が長く、肌も黒くなって、元の自分を想像出来ないほどに姿が変わっていたが…

「(これって『ダークエルフ』ってやつ!?ちょーかわいいじゃん!

これが私なの?喜ぶと耳がぴこぴこするのもかわいいし、服もめっちゃかわいい!…しかも…''ないすばでぃ''だよ、へへ。まじ理想の世界!?やったーー!)」

変な胸騒ぎがする割に特に怖いことも起こってないし、自分の見た目も驚くほどに可愛くなっていて、何だか怖かった気持ちも夢だと割り切れて陽気になってきた。

それからは、かつての胸騒ぎなんか疾うに忘れて不気味な黒い森の探索を楽しんでいた。偶に古びた武器や服なんかが落ちていて不思議に思ったが、夢だから何があってもおかしくないよねえ、冒険ものの見すぎかな、なんて呑気に考えていた。


また暫く歩みを進めていると、背丈の低い草むらに変なものが落ちているのを発見した。木製の平たい星型の糸巻きに、垂直に生える短い棒、それに対して直角に生える長い棒で構成された、魔法のステッキのような何とも不思議なものだった。

星型の糸巻きには二つの目がついており、巻いている糸の逆三角の形と組み合わさると笑顔みたいだなあ、とまた呑気に思いながらそれに手を伸ばした。

すると、それが「うう!捕まるなんてごめんだよ!!」と叫んで逃げていった。

「ちょっと!なんで逃げるの!?」

この夢に入ってからずっと対話できる相手が居なかったので、ここで出会えたのが唯一のチャンスだと信じて追いかけることにした。夢の中だからか身体がいつもより随分身軽で疲れない。この調子で走ればその内追いつけそうだ。

「……取った!!」

タイミングを見計らって草むらに飛び込み、抱きかかえるようにしてそれをしっかりと掴んだ。胸の中で、それはわあわあと叫んで赤面し、もがいていた。

「ん〜〜!」「もう!どうして逃げたの?私、ここに来て初めての話し相手が……」「今、あそこにいるだろ!怖い犬!逃げるんだよう!!」

一瞬何の事かよくわからなかったが、辺りの音を注意深く聞いてみるとすぐに分かった。かなり近くに何やら大きな獣がいる。舌を垂らしてハッハッと喘ぐ音、大きな足でゆっくり草むらを踏み締めるような音、時たま聞こえる唸り声……それらは次第に大きくなってゆく。ぞっとして背筋が凍る。

周りをよおく見渡してみると、木々の間に隠れていた大きな一つ目と目が合ってしまった。犬なのに一つ目?と少しの疑問を抱いたが、そんなことを考えている暇はない。私は、怖気付いておとなしくなった星型ステッキを抱えて一目散に逃げ出したのだった……

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