第78話 逆櫓の戯言

 数分後、

「ドアの鍵を開けたよ。監視カメラとセキュリティも大丈夫。これで建物内を自由に動き回れると思う。でもゴメン、通信機器は止められなかった」

 冬華が申し訳なさそうに手を合わせた。

「それは、あとでもいいよ。じゃあ一気に三階まで行きましょう」

 ドアを開けた鷲が一歩踏み出すと、景浦がそれを制した。

「待ってください。退路も確保しておくべきでしょう。敵がどう攻めてくるかも分からない」

「そうだな」

 景浦の言葉に興俄が頷いた。


 しかし、鷲が景浦の意見に異議を唱える。

「それ、必要ありますか? まずは敵を倒すこと。退路など、その時に考えればいいでしょう」

「もしも敵に囲まれたらどうする? きちんと逃げ道を確保しなければ、命を落とすかもしれないんだ」

 景浦が不服そうな顔で言い返す。


「敵に囲まれる前提で話すなんて、弱気すぎませんか? 退路を確保したところで実際に使えるかどうか、分からないでしょう。大切なのは目の前の敵をどう倒すかですよ」

「そのやり方では誰もついてこない。だいたい、キミが先陣を切ると誰が決めたんだ?」

「僕は御堂と冬華がいれば充分。景浦さんはついてこなくていいです」

「俺はもとからキミについて行く気などない。勘違いするな」

「勘違いしてるのはそっちでしょう。僕のやり方にいちいち口を出さないでもらいますか?」

「キミのやり方はいつも自分勝手で横暴だ」

「いつもって、一体いつの話をしているんです? 景浦さんって、根に持つタイプなんですね。人に嫌われますよ。あ、確か多くの人に嫌われていましたね」

「キミも周囲の武士に嫌われていただろう。本人が気がついていないだけだ」

「でも、僕には多くの仲間がいました。誰かさんのように、弾劾されるようなことはありません」

「じゃあ言わせてもらうが、キミはいつも年長者に対して言葉遣いがなっていない。人としてどうなんだ」

「敬うべき相手はちゃんと敬いますけど」

 鷲と景浦の舌戦はヒートアップするばかりだ。


「うわぁ、すごい既視感。なんでこのメンバーなんだ。絶対に揉めると思ったんだよ」

 御堂が苦い顔をすると『おい!』と興俄が鷲の肩を掴んだ。

「良いか、指揮官は俺だ。これが無ければ、お前は何も分からないだろう」

 興俄は己の頭を指さした。

「その通り。今回はちゃんと従ってもらう」

 景浦が厳しい顔で付け加える。


「はいはい、もういいです。勝手に言っててください」

 鷲は面倒くさそうに吐き捨てて、盛大な溜息をつく。興俄と景浦は鷲の前に出て、歩を進めた。


『元暦二年(1185)四月小廿一日甲戌 梶原平三景時飛脚 自鎭西參着 差進親類 獻上書状始申合戰次第 終訴廷尉不義事 其詞云 ~中略~判官殿爲君御代官 副遣御家人等 被遂合戰畢 而頻雖被存一身之功由 偏依多勢之合力歟 謂多勢毎人不思判官殿 志奉仰君之故 勵同心之勳功畢 仍討滅平家之後 判官殿形勢 殆超過日來之儀 士率之所存 皆如踏薄氷 敢無眞實和順之志 就中景時爲御所近士 憖伺知嚴命 趣之間毎見彼非據 可違關東御氣色歟之由 諌申之處 諷詞還爲身之讎 動招刑者也 合戰無爲之命 祗候無所據 早蒙御免 欲歸參云云

凡和田小太郎義盛与梶原平三景時者 侍別當所司也 仍被發遣舎弟兩將於西海之時 軍士等事 爲令奉行 被付義盛於參州 被付景時於廷尉之處 參州者 本自依不乖武衛之仰   

大少事示合于常胤義盛等 廷尉者 挿自專之慮 曾不守御旨 偏任雅意 致自由之張行之間人々成恨 不限景時云云             吾妻鏡第四巻より』

 

梶原平三景時(梶原景時)の伝令が親類を使って九州から到着し、書状を献上した。書状の初めには合戦の経過が書いてあり、後半は廷尉(義経)の不義を訴えていた。それによると

判官(義経)殿は、君(頼朝様)の代官であり、御家人を遣わせからこそ、合戦に勝利できたのです。しかし、彼は自分ひとりの手柄だと思っています。勝利は偏に武士達の協力があったからこそ。思うに多くの武士達は判官(義経)殿に従っておらず、心の中では君(頼朝様)を仰ぎ奉っています。平家を滅ぼした後の判官(義経)殿の態度はひどいものです。景時が、頼朝様の側近として、間違いを指摘すると刑に処されそうになります。合戦が終わった今、この人のそばにいても意味がありません。お役御免になり、早く帰りたいです。和田(小太郎)義盛と梶原(平三)景時は侍所です。弟(範頼と義経)を関西へ出発させる時、義盛を參河守様(源範頼)に付け、景時を廷尉(義経)様に付けられました。參河守様(範頼)は大小何でも、千葉常胤、和田義盛と相談します。廷尉(義経)は、何でも自分の意志に任せて、勝手に行動をします。恨めしく思っているのは、景時だけではありませんと書かれてあった。


 これは梶原景時の戯言としても伝えられている。

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