第77話 抜け道の案内者

 一方の鷲と冬華は慎重にダクト内を進んでいた。時折風は通るが、それにしても暑い。途中、ダンパーや障害物で塞がれて進めない箇所にぶつかった。その都度、冬華の力で何とか前に進む。

 十五分ほどかけてやっと出口らしき地点に到達したが、出口部分は浸水対策のためか、きっちりと塞がれていた。冬華が念じて、壊さないように慎重に開ける。


 鷲が蓋を持ち上げようとした時、

「ちょっと待って。出たところにあるカメラを止めるから」

 冬華は、外に出ようとした鷲に声をかける。

「止めたよ。出て大丈夫」

 冬華の声を聞いた鷲は、周囲を伺いながらそっと首を出した。久しぶりの太陽光に、目が眩みそうになる。それでも何とか目を凝らして周囲を伺った。幸いなことに人の姿はない。身体を地上に這い出した後、残っている冬華に手を貸して、身体を引き出した。


「至る所に監視カメラがあるね。冬華の力があって助かったよ」

 鷲が小声で囁く。

「ちょっと移動しよう。もう少し行ったところが死角になるから」

 監視カメラを破壊すれば、相手に気付かれてしまう。冬華は前を通る一瞬だけ、カメラを一時停止させ、すぐに元に戻す。できるだけ死角に入るように注意を払いながら移動した。


「敷地内に入ったものの、問題はどこから御堂たちを引き入れるかだね。これだけ頑丈なコンクリートに囲まれていたんじゃ、冬華が穴でも開けない限り無理じゃないかな」

 カメラの死角に入った二人は、慎重に塀の周囲を見回した。

「塀の上にも色々なセンサーがあるよ」

「そっか。じゃあ、よじ登るのも無理だね」

「え? 鷲くんはあの上に登るつもりだったの?」

「うん、近くの木に登れば行けると思ったんだけど」

 あっさりと言う鷲に驚きつつも、冬華は周囲を伺う。ふと数メートル先にある監視カメラに気がついて、指さした。

「あれ? あのカメラはダミーだ。あの下に行こう」


 二人は匍匐ほふく前進でカメラの前に向かった。

「これがダミー?」

 カメラを見上げて鷲が尋ねた。

「うん、これは起動していないよ。なんでだろう」

 冬華が首を捻る。

「あ、もしかしたら、警備の人やマスコミに知られずに、中へ入る人がいるんじゃないかな。総理と内密に会う人がこの前を通るとか」

 鷲がポンと手を打つ。

「そっか、なるほどね。じゃあ、そのルートを使えば、外の三人もこっそり入れるのかな」

「この近くに抜け道があるはずだよね。どこだろう」


 官邸を囲む高い塀の内側は、竹などの高い木が植えられている。他のカメラに映らないよう慎重に周囲を探っていると、竹林の間から一匹の猫が現われた。猫はじっと冬華を見ると、ついて来いと言わんばかりに歩き始めた。


 二人は顔を見合わせ、頷いた。身を低くしたまま猫の後を追う。猫は時々冬華たちの方を振り返りながら竹林を抜けて、大きな木の幹の前で止まった。冬華はコンクリート壁の際にそびえ立つ大木を見上げる。そのまま視線を下ろしたとき、壁の一部の色が周囲と微妙に違うと気が付いた。


「コレって隠し扉みたいだな」

 鷲が壁を押すと、前に五十㎝ほど動いて止まった。これ以上は前に動かないようなので、隙間に腕を入れて横から押してみる。すると、引き戸のように水平方向へ動いて止まった。開いた先にはもう一つドアがある。こちらはドアノブが付いていて、このまま外に出られそうだ。


「多分、外からはドアと分からないようになっているね。こちら側からじゃないと開かないみたいだ」

「このドアを開ければ、あの三人も中に入れるね。教えてくれたんだ。ありがとう」

 冬華が顎の下を優しく撫でると、猫は嬉しそうに目を細め、ニャーとひと鳴きして去って行った。

「すごいね、猫とも会話できるんだ」

「こんなの初めてだよ。さすがに猫語は分からないって。と言うか、私、日本語しか分からないから」

「しかし、こんな抜け道があったとはね。早速伝えないと」

 鷲は蒲島に借りた携帯電話を取り出して、御堂に現在地を伝えた。

「あの三人、ちゃんと来れるかな」

「御堂は特に目立つからなぁ、心配だ」

  二人は顔を見合わせ、苦笑いした。

 

 少し待つと、御堂たちは伝えた通りのルートを通って官邸内に侵入した。

「周辺のカメラはまだ止めてないよ。気を付けて」

 冬華の言葉に、到着したばかりの三人は黙って頷く。


「それで、これからどうするんですか? 中の情報はほとんどないんですよ」

 鷲が尋ねると、興俄は冬華の方を向いた。

「冬華。まずは、あのドアの開錠しろ。そして官邸内にある全ての防犯カメラとセキュリティの解除だ。カメラは元に戻らないように破壊しろよ。敵は常時警備室で官邸内部のチェックを行っている。全ての防犯システムが止まれば異変に気付くだろうな。奴らが慌てている間に攻め込む」

「冬華一人でそんなにできるの? 大丈夫?」

 鷲が心配そうに聞く。

「性格の悪い誰かさんが、覚えるまで嫌味を言い続けてさ。鍛えられたんだよ」

 冬華はそう言って興俄を見るが、

「お前の物覚えが悪いからだろう」

 冷たい口調で返された。


「人質と敵がどこにいるか、本当に分かっているんだろうな。ここは結構広いぞ」

 怪訝な顔で御堂が聞いた。

「建物内にある部屋の位置図は、先ほど読んだ指揮官の記憶から把握している。人質の位置は、現在人質になっている人間の心情から入手した。それらを照合すると、人質は地下から移動させられて、今は三階の会議室にいる。ちゃんと俺について来いよ。迷子になるな」


「誰が迷子になるんだよ」

 ムッとした顔で御堂が言うが、興俄はそれを無視して冬華の方を向いた。

「冬華はセキュリティを解除した後に、敵が使用している通信機器を全て停止しろ」

「えっ? 通信機器って無線やスマホだよね。やってはみるけど、自信ないなぁ」

「はなから期待はしてない。やるだけやってみろ」

「ちょっと、その言い方。ねぇ。思ったんだけど、その力って言葉が通じない外国人にも通じるの? 中にいる敵は日本人じゃないんだよ。ちゃんと攻撃を止められるんでしょうね」

「俺が今まで何のために寝る間を惜しんで情報を収集したと思っているんだ。数か国語は問題ない。ごちゃごちゃ言わずに、とにかく始めろ」

「あ、そう。はいはい分かったわよ」

 素っ気なく答えたが冬華は思い出していた。確かに彼は、様々な言語が並んだディスプレイを見ていたのだ。


 冬華は心を落ち着かせて集中する。ドアの開錠、監視カメラとセキュリティの停止を試みた。だが、敵が使用しているであろう通信機器は、こちらの呼びかけにどれも呼応せず、破壊できない。

 

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