第67話 疑心暗鬼な人々

「みんな、怪我はないかい?」

 ドローンを回収し終えた役所の人たちが駆け寄ってきた。彼らは、呻きながら倒れている人間を恐る恐る見ながら、鷲に声をかける。

「それにしても……」

「これはすごい……この人数をたった四人で?」

「このままここにいてくれないかな? 頼むよ」

 懇願された鷲は、申し訳なさそうに謝った。

「すみません、僕たちは次の場所に行かなきゃいけないんです。今、日本各地がこんな状態らしいので……それよりも、応援が来たらこの人たちの目的を聞き出しておいてください。他の仲間はどこを狙っているとか、誰が指示を出しているとか。反撃してこないとも限りませんが、お願いできますか?  少しでも被害を防ぎたいので、自治体で情報を共有してほしいんですけど」

「ああ、分かった。なんとかやってみるよ」

 役所の職員は力強く頷いた。

「しかし、キミたちは一体何者なんだ?」

 一人が尋ねると、ゆかりんが鷲を指さして口を開いた。

「この人はたぶん皆さんが知っている人ですよ。彼は、よし……んぐぐ」

 御堂が思わずゆかりんの口を手で塞いだ。

「こいつ、本業はスタントマンなんです。童顔なので高校生によく間違えられるんですけどね。あと、いろいろ武術をしていて剣道とか有段者で、とにかく強いんですよ。まぁ、俺も強いんですけど」

 御堂が早口で告げ、未だ口を塞がれいているゆかりんは、慌てて首を縦に振った。冬華も「そうなんです。彼、剣道の達人なんです」と言い、鷲も「ええ、まぁ」と言いながら頷く。


 色々と詮索される前に立ち去ろうと、四人は挨拶もそこそこに役所の人たちと別れた。

「たっくん、いきなり口を塞いだら苦しいから!」

 ゆかりんが抗議の声をあげる。

「ごめんごめん。でも生まれ変わりとか言っても、誰も信用しないよ。本当に危ない人になるって」

 御堂は手を合わせて詫びる。

「それよりも、もう遅いよ。これからどうする?」

「とにかく泊まれるところを探そうか」

 冬華の言葉に鷲が答えた。


 国道沿いを歩くが、車はほとんど通らない。ここへ来たときよりも明らかに、交通量が減っている。

「野宿は嫌だなぁ。暑いし」

 ゆかりんが言い、

「蚊に刺されて大変なことになりそう。せめて建物の中で寝たいよね」

 冬華も頷く。

「でも見つからなかったら、公園で寝泊まりするしかないよ」

 鷲が苦笑いする。

「お、あそこに公園があるぞ」

 御堂が指さした先には、小さな公園があった。


「誰か、誰か助けてください」

 暗がりの方から女性の大声が聞こえた。声の方を向き、目を凝らす。街灯がまばらな通りで、数人の男が一人を取り囲み、殴る蹴るの暴行を繰り返していた。その傍で、二十代くらいの女性が必死に助けを求めて叫んでいる。


「大変。人が襲われてる。暴徒かも。助けなきゃ」

「行こう!」

 冬華と鷲の呼びかけで駈け出した。暴行を受けているのは若い男だった。三人の男が一人を取り囲むようにして暴力を加えていた。襲われている若い男は、頭を守るようにして路上に蹲っている。


「おい、何やってるんだよ。やめろ」

 御堂が、暴徒の中に割って入った。彼は男が出した拳を右の掌で受け止める。一回り大きな掌に包まれた男の拳は行き場を無した。

「なっ、は、離せよ」

「三対一は卑怯だろうが」

「なんだお前? 邪魔するなよ。こいつは、俺達の敵なんだぞ」

 別の男が御堂に殴りかかる。御堂は男の拳を掴んだまま、空いている左手でもう一つの拳を受け止めた。

「こ、こいつ、化け物かよ」

 男たちはびくとも動かない御堂を、恐ろしいものを見るような目で見ている。


「とりあえず落ち着きましょう。この人が敵って、あなた達に何かしたんですか?」

 宥めるように鷲が言った。

 御堂が手を離すと、男達は腕をさすりながら鷲と御堂を交互に睨み付けた。殴られて蹲っている男がゆっくりと顔を上げた。男の顔を見て、冬華があっと声をあげる。

「この人、さっきのコンビニで働いていた店員さんだよ」

 倒れていたのは、数時間前に寄ったコンビニの店員だった。彼は店長らしき人と二人で、電卓を片手に長蛇の列になった客を捌いていたのだ。


「コンビニの定員? お前達、何も知らないのか? 今な、こいつらが国内で暴れて、俺たち日本人を殺しているんだぞ」

 吐き捨てるように男の一人が言った。

「確かに、暴動を起こしている外国人がいるのは事実です。でも、この人は違いますよ。もうやめましょう」

「証拠はあるのかよ」

「彼、さっきまでコンビニで働いていたんだよ。この人が暴徒なら、コンビニで働いているっておかしいでしょう。とっくに職場放棄して、破壊活動に参加していたはず。私達は彼のいた店で買い物をしたんだから。この人は何も悪いことをしていないよ」

 冬華が畳みかけるように付け加える。

「暴徒の存在を知っているのなら、あなた達も早く家に帰った方がいいです。本当に危険なんですよ。相手は複数人で武器を持っています。銃を思っている奴もいた。とても素手で太刀打ちできる相手じゃない。僕達も襲われそうになって、何とか逃げてきたんです」

 穏やかに告げる鷲を見て、男達は顔を見合わせ、何やら話し始めた。

「どうする? 銃はヤバいって」「帰った方が良くないか?」「そうだな、帰るか」

「その前に、この人に謝った方がいい」

 御堂がぴしゃりと言った。暴行を受けていた男は、未だ蹲った体制で様子を伺っている。

「間違えられる奴も悪い。違うなら、はっきり否定すりゃいいんだ」

「だいたい紛らわしいんだよ」

「はいはい悪かった。これでいいんだろ」

 男達は言いたいことを言うと、背を向け去って行った。


「大丈夫ですか? 怪我は?」

 鷲が手を差し伸べると、彼は手を握ってゆっくりと立ち上がった。

「ありがとう。ダイジョウブです。あの、イッタイ、何が起こっているのデスカ? 私は本当に何もシリマセン」

 彼は力なく微笑んだが、頬が腫れて痛々しい。腕や足もすり傷だらけで、至るか所から血が滲んでいた。


「本当に私たちは何も知らないんです。彼はただアルバイトを終えて、家に帰るところでした。外が大変なことになっているらしいって、心配して私のバイト先まで迎えに来て、家まで送ってくれていただけです。二人で喋りながら帰っていたら、さっきの人たちがすれ違いざまに『こいつ、日本人じゃないだろ。日本語が片言だぞ』って言い出して。私が『そうですよ。彼は留学生です。それが何か?』って答えたら、いきなり彼に殴りかかって……。止めてって言っても聞かなくて……」

 助けを呼んだ彼女が、声を震わせながら懸命に訴えた。


「とりあえず外は危険です。早く帰った方がいい。二人とも家まで送りましょうか? それとも、どこか病院を探しますか? 彼の傷を手当てした方がいいかも」

「ありがとうございます。私の住んでいるアパートは、この近くですから大丈夫です。彼の手当ても私がします。でも、一体何があったんですか? スマホは繋がらないし、バイトの人たちも、数人のグループがあちこちで暴れていると言っていたんです。留学生が町で暴れているんですか?」

「暴れている人について確かなことは言えないけれど、外が安全でないのは事実です。とにかく早く帰って、ちゃんと戸締りもして、家から出ない方がいい」

 鷲の言葉に二人は固い表情で顔を見合わせ、頷いた。何度も鷲と御堂に礼を言って背を向ける。


「酷いよな。犯人は外国人だって聞いたら、手あたり次第襲ってるんだろ。冷静に考えれば、善良な外国人のほうが多いのに」

 二人の頼りなさげな後ろ姿を見送りながら、御堂が零した。

「誰が敵で、誰が味方か分からないしね。まず、何が起こっているか分からないから、みんなが疑心暗鬼になってるんだよ。でも戦う相手を間違えちゃだめだ。無関係な人に危害を加えるなんてもってのほかだよ」

 鷲が答える。

「しかし、喉が渇いたな。公園の水でも飲むか。水道は使えるんだろ」

 四人は公園へと向かう。コンビニで購入したペットボトルは、すでに空になっていた。

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