第63話 惨状を呈する光景

 冬華たちを乗せた車は西を目指して移動していた。

 高速道路は問題なく通行できた。先日起こった地震の影響か通行止めになっている区間もあったが、その都度一般道を迂回すればなんとか目的地まで辿り着けそうだ。

 高速道路から見る風景はいつもと変わらなかった。どこまでも続く灰色の壁と、時折見える点在する建物たち。あちこちで白煙が上がっていたり、遠くでサイレンが聞こえたりはしたが、緊迫感は伝わってこない。ただ、自衛隊の車両とすれ違う頻度が多い。

 一般道を迂回するときに、何組かの暴徒集団と遭遇した。ある場所ではショッピングモールを襲撃し、また他の場所では県庁らしき建物が襲撃されていた。何事か分からず逃げ惑う人々がいる。武器を持った男達が何かを叫びながら、人々に襲いかかっている。駆け付けた警察官と激しい衝突が起きている場所もあった。


 御堂が助けに行こうと言ったが、この状況では武器も持たない自分たちは何の役にも立たない、ただ巻き込まれるだけだろうと蒲島が言い、結局どうすることもできず、車内から見ているだけだった。他の車も止まることなく、クラクションを鳴らしながら通り過ぎている。戦争も、暴動も、テロも知らない冬華の目には、車窓から見た惨状は信じがたいものだった。まるでTV画面の向こうで起きているような気がした。しかし、それが今、日本中で起きている。これから、この国はどうなるのだろうと不安に襲われた。一人で行動している鷲は無事だろうかと心配する。


 車は予定した時間よりもかなり遅れて山口県に着いた。時間は夕方四時を回ったところだ。蒲島の車を降りると、バイクに乗った鷲がこちらにやって来た。彼は先に着いていたようだ。太陽の強烈な光は未だ彼女達に降り注いでいた。


「鷲くん早かったね。通行止めの箇所とかあったし、大丈夫だった?」

 冬華が心配そうに聞くと、

「通行止めの所は、山を越えてきたから早く着いたんだ。このバイクなら山も越えられるし。山の中には暴徒もいなかったよ」

 鷲はあっさりと答えた。

「あのなぁ、山を越えられたのはバイクがじゃなくて、お前がだろ。いくら高速道路が通行止めだからって、バイクで山を越える奴なんているかよ。普通は一般道を迂回するんだ。知らないのか?」

 呆れたように御堂が言う。

「でも、猪がいたよ。猪が通れるなら、バイクも通れる。鹿が崖を降りられるなら、馬も降りられるから」

「ああそうかい」

 これ以上は何を聞いても無駄だと思った御堂は、ぞんざいに言い放った。


「あのさ。ここって、壇之浦から離れているよね?」

 ゆかりんが聞く。途中、鷲から連絡があり、集合場所が壇之浦よりも少し東になっていたのだ。

「壇之浦にはすでに自衛隊がいた。大丈夫そうだったから、様子を見ながら少し戻って来たんだけど、ちょっと気になる場所があって。みんなに来てもらったんだ」

「まぁ無茶はするなよ。あとで落ち合おう。健闘を祈る」

 蒲島は鷲の肩をポンと叩いた。

「蒲島さんも気を付けてください。奴らは武器を持っています。ここへ来るまでに、酷い光景を見たんです」

 鷲は自分が見た光景を話し始めた。


 鷲がバイクで走っていると、信じられない光景を目にしたと言う。

 とある海辺の町で彼が目にしたのは、路上に累々と横たわる死体だった。老若男女、その数はざっと二十人。

 倒れている人に近づいて呼びかけてみるが、どの人もすでに息はない。襲った人間が近くにいるかもしれないと思い、周囲を探っていると、家の中で息を潜めていた老婆を見つけた。

 老婆の話によると、何の前触れもなく多くの船が現れて、港に接岸したらしい。そしてあっという間に、漁船のような船内から武装した人間が、様々な武器を手に飛び出してきたらようだ。

 武装した連中は上陸した途端、屋外にいた住民を次々に襲い始めた。平穏な暮らしは一瞬にして地獄絵図に変わっていった。

 しかしここは港町。屈強な漁師たちもたくさんいる。暴漢が襲い掛かっても、屈強な漁師たちは避けることなく懸命に戦った。彼らは長年の漁師生活で鍛えられた身体を活かし、得体のしれない人間達と勇敢に戦って、仲間や家族を守っていた。 

 だが、相手の中には銃器を持っている人間もいた。それに人数が圧倒的に多い。連中は平穏に暮らしていた人たちを容赦なく襲い、殺害した。そして、ひとしきり暴れまわると、連れだってどこかへ行ってしまったと言う。

  

 日本海側に緊張が高まっていた時、大小様々な漁船や巡視船が国内の海岸に接岸していたようだった。海上自衛隊、海上保安庁も懸命に応戦していたが、まさか日本海側から無数の船が一気に攻めてくるなど予想もしなかったのだろう。

 話を聞いた鷲は、とにかく敵を探そうと動き回ったが、すでに海辺には人の姿はなかった。


「奴らは日本各地へ散らばっていると思います。用心して動かないと」

 鷲は厳しい顔で告げた。

「そうか、お互いに気をつけよう。何かあったら連絡をくれ」

 じゃあなと言って、蒲島はそのまま九州へと向かった。


「酷い話だね……。でも、私達はこれからどうするの?」

 声を震わせながら冬華が尋ねる。

「みんなが来る前に一か所、敵陣を見つけたんだよ。外国人所有の不動産を根城にしていたんだ。そこを一気に叩こう。海だろうが山だろうが僕には関係ない。これから」

 急に鷲が黙り込む。

「え? 何?」

 彼は呟いた。


「どうした、鷲?」

 怪訝な顔で御堂が聞く。

「なんか頭の中へダイレクトに何かが入ってくるんだけど。気持ち悪いな。なんだろ、コレ」

 鷲が首を傾げる。どうやら彼には『何か』が聞こえるらしい。

「これ、あの人からだ……」

 鷲が露骨に嫌な顔をした瞬間、御堂が叫んだ。

「うわっ、俺にも何か来た。気持ち悪っ」

「勝手な真似はするなって。報告、報告ってうるさいよ。僕の意志は届かないのかな」

 鷲が顔を顰める。

「なんだよ! 一方的に送り付けるだけで、こっちの返事は無視か」

 ぶつぶつと御堂が言う。

「私には来ないよ?」

 ゆかりんは首を傾げる。

「来ない方が良いって……うわ、私にも来た。なんかこれ、すごく嫌だ」

「冬華には何て言ってるの?」

 鷲が聞くと、

「お前だけは、早く戻って来いって」

「無視だ。無視しろ」

 御堂が叫んだ。

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