第62話 新たな力

「それにしても鷲くん、バイクの免許を持ってたんだ」

「うん、十六歳になった時に取ったんだよ」

「かっこいいね。バイクの黒い色が鷲くんにぴったり」

「一目見て気に入ったんだ。オフロードだから山道とか自在に動けて楽しいよ。人間とバイクが一体となってさ、道なき道を走り抜けるって最高だよ」

 鷲と冬華は楽しそうに会話を始める。

「運転、気を付けてね」

「本当は冬華をバイクの後ろに乗せていきたいんだけど、免許を取ってまだ一年経ってないからさ。今度、乗せてあげる」

「ほんと? 楽しみにしてる」

 二人は笑顔で見つめあった。


「いつもながら躊躇なく先陣を切るよな。だいたい、バイクの二人乗りより、背負っているアレの方が物騒で危ないだろ。見つかったらどうするんだよ。銃刀法違反もいいとこだろ。あーあ、でも結局俺はついて行くしかないんだろうなぁ」

 ぶつぶつと御堂が言うと、

「まぁまぁ、たっくんには私がいるでしょ」

 ゆかりんが宥める。御堂は「ああ、そうだな」とにやけた。


「なんだよ、この光景は……」

 いちゃついている高校生四人を見て、納得のいかない顔で蒲島は乱暴に車のドアを開けた。助手席には御堂が、後部座席に冬華とゆかりんが乗り込んだ。

「おじいちゃんちにあった冬華の荷物、持ってきてあげたよ。持ってたのは、たっくんだけど」

ほら、と御堂がリュックを一つ冬華に渡す。

「ありがとう。助かる。着替えもないから、どうしようって思ってたんだ」


「ああ、そうだ。何かあったこれを使え」

 蒲島は鷲に携帯電話のようなものを鷲に差し出した。

「これは?」

「衛星携帯電話だよ。基地局が破壊されていても、これなら通話できる。どうせお前は一人で行動するだろ、御堂にも一台渡しておくよ。俺も持っているから何かあったら連絡しろ」

「ありがとうございます。じゃあ後で」

 鷲は携帯を受け取り蒲島に短く礼を言うと、バイクに跨りヘルメットをかぶった。エンジンをかけ、颯爽と去って行く。


「あいつ、さっさと行きやがって。さてと、俺達も行くか」

 蒲島が運転席に乗り込むと、『お願いします』と車内から元気な声がする。

「朋渚、俺達は? 俺達も椎葉と一緒でしょ。行こうよ」

 賢哉が不思議そうな顔でともちゃんに聞いた。

「私達はこっちなの」

「何で?」

「どうしてもなの。あまり深く考えないで。賢哉は何も見ない。何も聞かない。何も考えないの。分かった?」

 ぶっきらぼうに、ともちゃんは答えた。

「なんだよ、それ。あ、分かった。北川先生に借りがあるんだな。日本史のテストが悪かったとか。そうなんだろ」

 賢哉はにやりと笑った。

「そ、そうよ。日本史の期末テストで、かなり助けてもらったの。日本史が一番の頼みだったのに、点数が悪かったんだ。点数をオマケしてくれる代わりに、夏休みは先生の手伝いをするって約束したの。バイト代も出すって言われたし」

「なるほど。それで、夏休み中にこうやって借り出されていたのか。でもさ、どうして生徒会長の神冷先輩がここにいるんだ? 他の人達は誰だよ。大人が沢山いるじゃないか」

 彼は、周囲にいる男達を不思議そうに眺める。

「だから、あまり深く考えないで! 私の傍も離れないこと。他の人とも喋らないで! 誰も見ないで!」

 ともちゃんは突然大声をあげた。

「え? なんでそんなにキレてるの? 俺、何かした?」

「いいから黙って!」

 理不尽に怒鳴られて、賢哉の頭上にはいくつもの疑問符が並んだ。


「とりあえず作戦を立てるぞ。ついて来い」

 興俄は校舎の中に戻って行く。その場に居た人間達は彼の後に続いた。賢哉もついて行こうとするが、ともちゃんに止められた。

「賢哉は私とここにいて。あの人たちとは関係ないから」

「え? 俺たちはこっちなんだろ。どういうこと? それに外に居たら暑いじゃん。中にはエアコンもあるんだろう? 行こうよ」

「じゃあ、私の部屋で冷たいものでも飲もう」

そう言って、ともちゃんは賢哉の手を引いた。


 校舎に入った興俄は仲間に向かって告げた。

「それぞれが人員を確保して数の報告を。こちらで適材適所に振り分ける」

「ねぇ、梶原、じゃなかった景浦がいないわ。まさかまた西の連中について行ったんじゃないでしょうね。揉めごとはもうこりごりよ」

 険しい顔で麻沙美が言う。

 前世での梶原景時は、義経らと共に西国で平氏討伐にあたっていた。しかし、二人の意見は常に対立しており、梶原は頼朝に義経を讒訴ざんそした。梶原景時は義経失脚の一因を作った人物だとも言われている。

「景浦は昨日から東京の様子を見に行っている。そうか、あいつはこの状況を理解していないな」

 スマホを取り出すが、圏外だ。


「情報は遮断されていたな。麻沙美、江ノ原に他の連絡方法がないか聞いてくれ」

 麻沙美が頷いて、江ノ原に話しかける。

「ちょっとだけ待ってや。俺は攻撃を受けても、ダメージコントロールができてるからな。ハード、ソフト両面の対策もしてるし。被害は最小限。すぐに使えるようになるで」

 歌うような口調で江ノ原が言った。だが、いくらこちら側が使えるようになったとしても、相手側が使えるかどうかわからない。状況は変わらないのだ。

 興俄は無駄だと思いつつ、梶原の存在を思い浮かべて『おい』と心の中で呼びかける。彼にこちらの状況を伝え続けてみた。するとストン、と彼の中で何かが腑に落ちた。


 それから数分後。PCの作業をしていた江ノ原が声をあげた。

「兄ちゃん、景浦さんから連絡来たで。『こちらで待機してきますので、何かありましたら呼び掛けてください』だと。これだけ世の中が混乱している状態で逐一報告してくるとは、あの人は優秀やな。まぁ、人には嫌われるやろうけど。あとこれ」

 数枚の用意をプリントアウトして興俄に手渡した。

「やはり届いたのか。これは、使える」

「どういうこと?」

 麻沙美が尋ねる。

「俺は今まで、相手の心情を読もうとしていた。読んだうえで、書き換える。それが通用しない人間には、この能力は価値がないと思っていた。だが、そうでもないようだ。心情が読めない相手には、こちらの意図を送ることができるらしい」

「じゃあ私は、離れていても貴方の意図を受け取れるの?」

「ああ。だが、俺は景浦の意図を受け取ることはできない。俺の考えがあいつに届くだけだ。江ノ原が受け取った報告によれば、現在、国内の通信がほぼ使用不可能なようだ。確認できたことは、スマホの主要基地局が故意に破壊されていることと、複数個所の海底ケーブルが切断されたこと。固定電話、光ケーブルに対しても、使用できなくなるように、一斉に攻撃を行ったみたいだな」

「じゃあ西の連中との連絡手段がないじゃない。また勝手な行動を取ったらどうするの?」

「後であいつらにも試してみるか」


 それから数時間後、興俄は、鷲に向けてこちらの意図を送ってみた。彼がそれを受け取ったかどうかは後に判明する。

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