第47話 束の間の休息①

 大山祇神社を後にして、大三島からまたバスに乗った。バスの終点である愛媛県松山市から郊外へと延びる電車に乗り換えた。

 そして約十分後。四人は隣町にある小さな無人駅に降り立った。


 見渡す限りに点在する緑色。黄や緑の田畑に交じって家と低い山々が見える。少し遠くにある白いビニールハウスが陽の光を反射して光っていた。


「空気がおいしいね」

 冬華が深呼吸すると、

「この駅、新しいよ。ほらあそこに貨物車もある」

 鷲は興味深そうに周囲を見渡す。

「風光明媚というか、長閑というか」

 御堂の言葉に、

「何もないって言いたいんでしょ。否定はしないよ。私、子供の頃からそう思っていたもん。あ、おじいちゃんだ」

 ゆかりんが指さした先には、日焼けをした人のよさそうな老人が手を振っていた。彼がゆかりんの祖父らしい。冬華たちは挨拶をして祖父の車に乗り込んだ。

 車は五人乗りのコンパクトカー。一番体の大きい御堂が助手席に座り、冬華を挟んでゆかりんと鷲が後部座席に座った。


「優夏梨、久しぶりだな。中学生以来か。元気にしとったか」

「うん、元気だよ」

「大勢で押しかけてすみません」

 助手席の御堂が言うと、

「いやいや構わんよ。それにしても、キミは大きいな。何か武道でもやっているのかな。それに比べて後の彼は華奢でイマドキの若者だ。なんだ、優夏梨は面食いだったのか」

 祖父はそう言うと、バックミラー越しに鷲を見た。

「違う、椎葉くんは冬華の彼氏。私の彼氏はおじいちゃんの隣! 御堂さんよ!」

「ああ、そうだったか。すまんすまん」

 苦笑いする祖父につられるようにして、一同は曖昧な笑みを浮かべた。


 祖父母の家は二階建ての日本家屋だった。庭も広く、手入れされた木や花が並んでいる。冬華はもの珍しそうに、周囲を見回した。

「大きな家だね。敷地も広いし」

「そう? このあたりってこんな家ばかりだよ」

ゆかりんはそう言って玄関の引き戸を開け、声をかける。

「おばあちゃんいる? 来たよ」

ゆかりんの呼びかけで、家の奥から祖母が顔を覗かせた。

「いらっしゃい。遠いところよく来たね」

祖母は人のよさそうな穏やかな笑顔で4人を出迎えた。

「お邪魔します」

 冬華が頭を下げると、 

「ああ、夢野さんね。知っていますよ。仲のいい友達だって前に優夏梨が一緒に写った写真を送ってくれたわよね。ほんと、可愛らしいお嬢さんね。それでこちらが話にあった優夏梨の彼氏? あらまぁ、綺麗な顔をしてるわねぇ。女の子にもてるでしょう。優夏梨、あなた面食いだったの?」

 祖母がしげしげと鷲を見つめると、

「おばあちゃん違う! 椎葉くんは冬華の彼氏。私の彼はこっち、御堂さんよ」

 ゆかりんが御堂の腕を掴んで、祖母の前に押し出した。

「あらあら、丈夫そうな彼氏さんね。そうね、そうよね。間違ってごめんなさい」

 祖母は申し訳なさそうな顔で御堂を見る。先ほどから間違えられてばかりの御堂は、どう答えて良いか分からないようで、複雑な表情で遠くを見た。


 微妙な空気が流れる中、鷲が口を開いた。

「突然すみません。その、僕たちもお邪魔して良いんでしょうか」

「勿論よ。孫たちも近くに住んでいるんですけどね、大きくなったらちっとも寄り付かなくて。若い人が大勢来てくれるなんて大歓迎よ。さあさあ上がって」


 玄関を上がると長い廊下があった。通された部屋は、6畳が二間続きの和室だった。和室の奥には床の間があり、掛け軸と花瓶に入った花が飾られていた。部屋と部屋は襖で仕切られていて、広く使うこともできるのだろう。二部屋を自由に使っていいと祖母が言った。

「ゆかりちゃんのおじいさんちって旅館みたいだな。なんか修学旅行に来た気分だよ」

 嬉しそうに御堂が部屋を見回す。

「この辺は家に地区のみんなが集まることがあるって、おじいちゃんが言ってた。だから昔の家は広い部屋があるんじゃないかな。まぁ、今の時代は家に近所の人が集まるなんて、ないだろうけど」

 長旅で疲れているだろう言われて、夕食をご馳走になり、その日は早々に休むことにした。


翌朝、

「おじいちゃんが、せっかく来たんだから近所の神社にお参りして行けって。神社って言っても、社務所もない小さい神社だけど」

 朝食を済ませると、ゆかりんが言った。

「特に用事もないし、行ってみようか」

 鷲の言葉で、ゆかりんを先頭にして神社へと向かった。既に太陽の日差しが眩しい。冬華は日差しの中で両腕をいっぱいに広げて深呼吸をしてみる。全身に日光が染み渡っていくようで心地よかった。

 汗をかきながら十五分ほど歩くと、木々に覆われた一角が見えた。小さな森の中に、神社があるらしい。灰色の鳥居をくぐると、こじんまりとした神社の敷地が視界に入った。

 敷地内に足を踏み入れた途端、空気が変わった。そんな気がした。先ほどまで感じていた刺さるような熱気が少し薄れる。社務所は見当たらない。と言うか、誰もいない。正面には社殿があり、右手には手水舎が見える。参道の両側には大小さまざまな木々が、緑の葉をたっぷりと携えて並んでいた。


「誰もいない……本当に地元の人しか来ない神社のようだね」

 周囲を見回しながら鷲が言った。

「でも綺麗に掃除してあるよ。ほら、竹箒で掃いたあとがあるし。それにしても、趣があると言うか、とても落ち着くね」

 冬華が空を見上げると風で木々が揺れた。木漏れ日が眩しくて彼女は目を細める。

「地元の人も大切にしているんじゃないかな。前に来たときは、中学生が掃除していたし」

ゆかりんが言うと、

「崇高というか、なんだろうな。不思議な感じがする」

 左右に鎮座する狛犬それぞれに手を合わせて御堂が言った。


 参拝を済ませた四人は鳥居をくぐり道路に出た。冬華ははふと道の脇に建てられた小さな白い立て看板に目をやる。どうやらこの神社について説明が書かれているようだ。何気なく、書かれた文字を読み進める。この神社は孝霊天皇の第三皇子で伊予国を統治した、彦狭島命を主祭神とし、延喜式内明神大社で……などと縦書きで書かれている。説明文の半ばまで読み進めた時、冬華の動きが止まった。


「ねぇ、鷲くん。ここ『源義経が社殿を造營し』って書いてある」

 先を歩く鷲を呼び止めると、彼は踵を返し冬華の隣に並んで看板を見つめた。

「これが事実だとしたら、名代を立て造営したんだろうね。検非違使も兼任していたし、国司と言っても名誉職みたいなものだから、ここに来ることはなかったと思う。それに、あの頃はいろいろあったし」

 振り返って、目の前に広がる田園風景を見ながら鷲は言う。フッと息を吐いて、続けた。

「もしもあの時、ここで穏やかに暮らしていたのなら、何かが変わっていたのかな」

 空を見上げれば夏の雲が広がっていた。


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