覚醒し、追われ、捕らわれる。
第37話 にわかには信じられないことばかり
数日後、
「突然声をかけてゴメン。どうしても聞きたいことがあって」
下校途中、鷲に声をかけられた冬華は公園に来ていた。
冬華と鷲は学校で顔を合わせても、お互いにぎこちなかった。前世の話を聞かされた冬華は未だ戸惑っていたし、彼女に話した鷲は時期尚早だったのではないかと憂慮していたのだ。
公園には鷲の他に御堂もいた。
「ええと、僕が聞きたいことって言うのは」
鷲が本題を切り出す前に、冬華が口を開いた。
「あ、あのね、前に聞いた前世の話なんだけど。色々と考えて、それで、やっぱり何も思い出せなくて。完全に信じていないってわけでは無いんだけど、調べてみたらそう言う話もあるって分かったし、そういう人もいるんだろうなとは思うけど、私は何も思い出せないの。色々聞かれても、本当に何も覚えていないと言うか、もともと信じ切れてなくて。だから、ええと、ごめん。信じられるまで、もう少し待ってくれる?」
彼女は一生懸命言葉を選んで話した。だが結論は一つ。まだ信じられないのだ。
「こいつ、ちょっと気が早くて。悪気はないんだけど、急にあんな話されたら困るよな」
御堂が『ほら、謝れよ』と、隣にいる鷲を促した。
「この前は混乱させてごめんね、謝るよ。それに今日聞きたいのはその話じゃないんだ」
「じゃあ何?」
冬華は首を傾げる。
「夢野さんて、不思議な力があったりする? 例えばだけど、雨乞いで雨を降らせるとか」
「え?」
「あの人から聞いたんだ。夢野さんには特殊な力があるって」
突然の問いに、冬華は言って良いものだろうかと考えた。話したところで信じてもらえないだろう。だが、彼らが言う前世の話も信じがたい話だ。彼らなら、笑われずに耳を傾けてくれるかもしれない。そう思った彼女はおずおずと口を開いた。
「雨乞いはないけれど、不思議な力はあるかも……」
「あるんだ。どうしてあの人はそれを知ってるの? 彼氏だから?」
鷲がいつになく強い口調で聞く。
「それは……先輩にも似たような力があるから……」
責められているように聞こえて、申し訳なさそうに答えた。
「できれば、あの人より先に知りたかったよ」
「ゴメン……あまり人に話す内容でもなかったし」
「それで、不思議な力って具体的には何ができるの?」
「ええとね」
鷲の問いに、冬華は己の『力』について二人に説明した。
「分子や原子、素粒子とかのミクロな要素を、超能力みたいなものと結びつけるって無理がある気がするよ。説明だけでは、にわかには信じがたいな」
御堂が訝しげに言い、鷲を見る。
「鷲はどう思う?」
「いいんじゃないか? 実際に夢野さんがその力を使えるのなら、僕は信じるよ」
鷲はニコリと微笑んだ。純粋な目で見つめられて、冬華は落ち着かない気分になる。
「あ、ありがとう。でも、やっぱり実際に見せた方が良いのかな?」
足元に転がっていた小石を二つ拾い、掌に載せて静かに目を閉じる。いつものように集中し、意識の中で己を分解して相手に呼び掛ける。数十秒後、二つあった小石は混ざりあって一つの石になっていた。
「へぇ、手品みたいだね。でも、大丈夫?」
鷲は肩で息をしている冬華の顔を覗き込んだ。
「大丈夫……平気なんだけど、ちょっと疲れるの。あと、すごく眠くなる」
「こうやって見せられるとすごいなって思うけどさ、合理的に説明できなければ、誰も信用してくれなさそうだよな。まぁ俺たちの前世も似たようなものか。俺だって自分の身に起きなきゃ、信じていなかっただろうし。世の中には、この手の話が大嫌いな人もいるし」
御堂の鋭い指摘に、冬華は項垂れる。
「そうだよね。私自身、どうしてこうなるか上手く説明できない。でも全てがスピリチュアルなものとも違う気がするんだ。八割は現実で、あとの二割が目に見えない何かの力って気がする。でも信じがたい話だし、だから誰にも話さなかった」
「それにしても、あの人も同じことができるのか。厄介だな」
鷲が呟く。
「先輩に同じ力はないよ。興俄先輩は人の心情を把握して、その上で記憶を書き換えられるんだ。脳波とか……波動の一種なのかな。ソレを使って、相手の脳内に働きかけられるみたい。でも、通用しない人がいるって言っていた。私が思うに、前世の話が本当ならば、昔、同じ時代に生きた人には通用しないんじゃないかな。北川先生がある記憶を持った人には通じないって言っていたし。だから、二人は何の影響を受けないと思うよ。心を読まれたり、記憶を書き換えられる心配もないと思う」
そう言ってふと気が付いた。まるで前世の存在を信じているような口ぶりになっていると。
「それにしても、人の記憶を操るとかすげえな。プライバシーがだだ洩れじゃないかよ」
「あの人だから、良からぬことに使ってるだろうね」
御堂と鷲が顔を見合わせた。
「確かにそれはあると思う」
冬華も苦笑いする。
「あのさ、もう一度僕たちの話を聞いてくれないかな」
鷲が口を開くと冬華は「うん」と頷いた。
「僕たちの記憶が甦ったことが、どんな意味を持つかは、結局まだ分からないんだ。でも物事には、絶対に何か意味があると思ってる」
「意味か……」
冬華は彼の言葉を復唱する。自分にある力も何か意味があるのだろうかと思った。
「漠然と前世を思い出した僕たちは、時間があれば二人で国内を回ったんだ。何かヒントがあるかもしれないと思ってね。初めは平泉、吉野山、比叡山」
「山口の下関、香川の屋島、兵庫の三草山・神戸市、京都の宇治・五条大橋・鞍馬寺、静岡の黄瀬川、鎌倉の満福寺にも行った。部活も辞めて、休みの度に二人で出かけるから、周囲からいろいろ言われたな」
鷲の言葉を補い、御堂が口を開く。
「そこで何か分かったの?」
「特には何も。でも、なんとなく感情が揺さぶられる場面はあったよ。この前、三人で行った場所を覚えている?」
「うん、大きな鳥居があった神社だよね」
「その後に小さな公園へ行っただろう。あの場所は義経の首塚なんだ。僕たちは、前世を思い出してから、亡くなったとされた平泉から、合戦があった場所、縁があるとされる場所を回った。そして最後に行った場所があの首塚だった。縁がある場所なんて、全国にあるんだよ。結構大変だったよな。それでもまだ訪れていない場所も沢山ある」
「それだけ日本各地で俺たちを想ってくれているんだろうよ。ありがたいじゃないか」
照れたように御堂が笑う、彼は続けた。
「高校三年の春、鷲がいきなり『彼女を見つけた』って言い出してさ。転校するって勝手に決めやがって。親を説得するのは大変だったんだぞ。あれこれ理由をつけて、まぁ、それまで通っていたのがそれなりに金のかかった私立校だったからさ。公立に行くと、お得だぞとかなんとか言って説得してさ。三年なのに進学はどうするんだって言われたから。家を継ぐって思わず言っちまったよ」
「御堂の家って精肉店なんだ。メンチカツが美味いよ」
鷲が口を挟むと、御堂はギロリと彼を睨んだ。
「なんだよ、他人事みたいに。彼女を見つけたから転校するなんて、不毛な話だと何度言い聞かせても聞く耳を持たなくてさ。彼女はお前なんて覚えていないんだから、止めておけって何度説得したか」
「僕は気が遠くなる位遠い時間、真っ暗な世界を彷徨った。もしも、僕を忘れていたとしても、せっかく見つけたんだ。もう一度逢わずにはいられなかった」
鷲は冬華を見た。真っ直ぐな目で見つめられて、冬華の心臓は鼓動を早める。
「そ、そうなんだ。ええと、ありがとうって言ったらおかしい……のかな」
彼女はしどろもどろに答える。
「おい、だから何度も言ってるだろ。夢野さん困っているじゃないか」
「ああゴメン、だから僕が伝えたいのは」
言葉を区切り、呼吸を整える。
「逢えて良かった」
伝えたいことはたくさんあったが、彼は一言、はっきりとそう言った。
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