第8話 興俄の秘密
――あの人には逆らわない方がいいな――
神冷興俄は、小さく溜息をつく。彼には幼い頃から人の心が読める能力があった。
きっかけは、幼稚園の頃。周囲の大人達が声に出して話す言葉と、心の中で創り出される言葉があまりにも違う現象に気付いた時だった。心の中で
優しい先生が実は子供を疎ましがっていて、内心では罵時雑言を吐いていたり、大人同士笑顔で会話しているにもかかわらず、内心では罵りあっていたりと、なるほど、人はこうやって生きているんだと、幼いなりに理解した。そして自分以外の人間は、意外と人の気持ちが分からないのだなと知った。
小学生の頃、ふと目の前にいる友達の顔を見ると『まずい、宿題をやっていない。もうすぐ授業が始まる。どうしよう。神冷くん、貸してくれるかな』と聞こえてくる。しかしそれは声には出ていない。
『これ写す? どうぞ』とノートを差し出すと、驚いた顔をした友達は嬉しそうに『ありがとう』と言い、翌日からは興俄に対する態度を変えた。
それから興俄は人の気持ちを知ると同時に、相手を容易にコントロールする術を身につけた。自分にとって不要な相手の情報は遮断し、必要な相手の心中のみを読み取って利用した。
幸運なことに、自分の感情や思考は一切他人に読まれなかった。
北川麻沙美に会ったのは、彼が中学生の時。
一人で街を歩いていたら、背後から見知らぬ女に呼び止められた。
彼女の第一声は『ああ、やっと見つけた』だった。実年齢よりも大人びて見える彼は、中学生ではあったが今までも稀に年上の女に声を掛けられていた。彼女もその手のナンパだろうと、適当にあしらったが、なかなか離れようとしない。
それどころか『ずいぶん探したのよ』とか『どれだけ待たせるの』としつこい。誰かと間違っているようでもないので、頭のおかしな女だなと思い少し脅かそうと心を読んだ。
何を考えているか言い当てれば、たいていの人間は気味悪がって自分から離れていく。
しかし、全く見えなかった。いつもならば少し意識を集中すれば読めるはずのモノが、分厚い壁のようなものに囲まれたて何も見えなかった。心が読めない人間に出会ったのは初めてだった。
彼女は戸惑っている興俄に言った。
『貴方は源頼朝の生まれ変わりなの。やっと見つけた。私達は強い絆で結ばれている。私と離れるなんて、できないのよ』と。
北川麻沙美と興俄の関係はそれから現在まで続いている。
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