星降る夜の邂逅

一涙の存在

目覚めた世界は、現世かリアルか

「良かった~ハルちゃん三日も職場に来ないから心配したんだよ。最悪の展開まで考えたんだから」

「三日……?」


 わたしはその話を聞いて困惑した。さっきまで遅刻をすると慌てていたのに、その話一つで何かすべてに諦めがついたような荷下ろし気分になって、スンッとなったったからだ。


 十分ほど前、目覚めた、わたしは金縛りを起こした身体を動かそうと、信号上で足掻き、何とか身体を横に出来て、鳴り響く目覚まし時計の時刻を確認できた。そこには休日に設定していた十時の時刻が示されていて、出勤時刻が九時だから習慣的に慌て跳び起きることで金縛りを解いた。


「やばい!」


 急いでスーツを着て、即座に洗面台に行って顔を洗い、せめてと寝起きの髪を整える。疲労で髪質が悪くなっていたことは分かっていたが、そこだけは無意識的に譲れなかった。


 出勤準備に細かく心音を刻む中、突然、家のチャイムが鳴り、慌てていたこともあって、カメラも確認せずに玄関に向かい扉を開けたら、そこには見慣れた女性が立っていた。前に会ったときは、頭痛薬を頭にねじ込み頭を抱え込んでいた友人は、わたしの顔を見るや、ホッとした安堵の表情と肩を下ろし、冒頭の発言に繋がる。


「……まさか、今まで寝ていたの?」

「まあ……そんなところ」

「昨日二七時間ほど寝たいたあたしが言えたことじゃないけど、寝過ぎじゃない?」

「そうだね、寝過ぎだね。アハハ」


 乾いた笑いを見せるわたしを見ながら友人であるミヤコはクスリと笑い、来た目的を話しはじめた。


「ハルちゃんが来ていない間に色々あってさ。その報告と会社からの命令で来たんだ。建前上は『家を知っている友人だから行ってきて』だけど、多分最悪の展開を恐れた厄介の押し付けだろうがね」

「……とりあえず、立ち話もなんだから部屋に入らない?汚いけど」

「いや、ここで良い。言えた口じゃないけど」

「そう?」


「ていうか、スーツに着替えているなら、歩きながら説明するよ。安心して、警察に突き出すようなことはしないから、むしろ、そうしたくいそうだから」と含みのある後付けをして、そのまま会社に向かう。


 道中の話によると、わたしが事件を起こした後日に本社の調査が入り、皆の健康状態を見て、これはいけないと判断されたのそうで、一度皆を休ませてまた後日、体力が回復したときに事情と労働環境についての意見を募ったという。


 わたしのところにもそれが来ているはずだが、携帯が充電切れで落ちていたらしく、来ていない同然になっていた。友人も「そんなことだと思った」と心配の想いがなくなっていたからか、呆れた様子を見せて何も背負ってないアピールをしてきて、わたしは少し気負ったものをさらに下ろすことができた。


 会社に着いて、部署には事件を起こした日にも来ていた本社の人間こと人事部のと、ホームページでも見たことがある初老の男性が待っていた。


「君が琴乃巻心晴くんで当てるかな?」と初老の男性は訊いてきて、わたしは「はい」と答えた。


「直接会うのがここが初めてかな?」と人事部の人が訊く。


「そうですね。面接か入社式以来ですかね」


「あたしが言うのもなんだけど、叔父様――コホン、社長のお眼鏡に入らなかったら別の職種に付いていたくらいの影響ある人だよ」と、身内を持ち上げるミヤコ。


「…………」


 それは分かっている。確かに見る目はあると思う。面接時に「もし、君がこの会社の社長になったらそうする?」という質問があって、わたしが「ある程度の指示を出したあとは余計な手を加えず、ご飯を食べに行くかな」とのほほんと言ったら、それだけで合格になった。


 親戚の子のお願いもあるだろうが、わたしがビジネスを分かっていると判断したことが決め手だと思われる。家族三代の世帯主であった男たちは皆、家族のためだと忙しく働き過ぎた結果、そのためであった人々に迷惑をかけまくることを身に沁みて分かっているからだ。その世話は、一番下よりも中間に負担がのしかかることも。


 それが発言からも透けて読めたのだろう。そのときに片方の口角を上げて笑っていたと思う。


「黙ってしまうのも無理はない。心中は察するよ。なるべく早く話を済ませたい。単刀直入にいうが、自主退職をしてもらえないだろうか」と頭を下げてきた。


「……そんなところかと思いました」

「…………ごめん」

「ミヤコが謝らなくていい。これはわたしがやった事だから」

「わたくしからも謝っておきたい。わたくしの裁量ミスだ」


 そういって、人事部部長も頭を下げる。


「そんな頭を下げてもらう立場じゃありません。むしろ、ここまで温情をかけてもらったことにこちらこそ頭を下げさせてください」と、わたしも頭を下げた。


 そのあとにわたしは、あの殴った男についての話を聞くことになった。


 餞別的な話によると、あの男は就職氷河期時代で外部での仕事ができず、しばらくは稼業をやっていて、それなりに頑張っていたそうだ。その後に両親が亡くなり、その頑張りを見ていた社長が、うちで働かないかと誘ったことで会社に来た。そして、仕事を始めたのは良いが、外部での交流に慣れていないことが災いをして、コミュニケーションが取れずに多くの失敗を重ね、その評判の悪さもストレスもかかって無能な人間に育ち、唯一の取柄である頑張りで何とかしようとした末に、わたしが起こした事件が発生した。


 現在はショックで寝込みながらも病院で療養中。自分が何をやっていたかも分かっていたが、どうしようもなかった相談できる相手も勇気もなかった自分の落ち度だと、本来わたしが謝らないといけないことを自責の念で悔いているそう。本人はもしわたしが謝りに来たら抑えていた気持ちが爆発して何をしでかすか分からないから、来ないでくれ、処理は会社に任せると、泣きながら訴えられたものだから社長としてもその意思を尊重したいという。


 社長の見解曰く「群れに入れて良くするつもりが、腐ったミカンを入れることになった。都合が良いと言えば、否定はできないがこの処遇を受けてもらうことで会社、個人に取っても穏便に済む」と、あとから部署の皆にも言うのであろう意向を示す。


 同意するように人事も頭を下げる。


「そんなに頭を下げなくていいです。それよりも退職するときに必要な書類を用意してもらえると助かります」

「早めに、叔父――社長に報告しておけば、こんなことにならなかったの、本当にごめんなさい」


「もういって」申し訳なさを越えて、呆れてくる。


 こうして、わたしは責任を取る名目で仕事をやめさせられ、有休が無くなった代わりに後日幾らかの退職金を与えられて、晴れて世間でいう無職ニートになった。


 退職金の他にも、碌に遊ぶことも贅沢もする暇もなかったから、貯金がかなり貯まっていたこともあり、今まで通りこのマンションで暮らしていても五年は生きられそうだ。あくまでしなかったことをしなければ……。


 そう、わたしは我慢していたことをそのお金でしたのだ。といっても、近所の酒屋で飲んでみたかった酒やツマミを買いまくっただけだが。でも、それがまさかでも、次の運命を動かす、フラグになろうとは、この時のわたしは想定すらしてなかった。


「………………」

「何ですか?店員さん?」


 まじまじと見る女性店員を見て、わたしは確かに買い過ぎだとは思いますよ、でもやってみたかったんだと、睨み返したが、その双眸の深さはどこかで見覚えのある睥睨でどこか既視感があった。


 そして――ニヒっと笑って「あんた、観測者ミクロネイアか?」と、深淵顔をみせて、「どこ出身か教えてよ」と言い寄られた。

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