デスストランディング

 現実的問題として状況は座礁に乗り上げた状態であることは確かだ。行く当てがないからとジッとしていても、雨が体温と体力を一方的に奪っていくばかり。


 わたしの服装には影響はないが、その雨粒に当たる度に体が重くなる感覚があって、これはただの雨ではないと察した。そこで分析をかける。


《船底の雨》別名、下層ゲリラ雨ともいわれる降水は、異世界から降っているとも語られていて、そこを抜けると還るべき世界に行けるという。地上の水と違い質量と粘性が三倍もあるらしく、衣類が泥のように重くなり、粘性による気持ち悪さから異性が目の前にいても脱ぎ捨ててしまうほど。それは触媒に醜裸を含んでいるからであって、その対処に長けている術者や精神性を持っている者であれば対処可能だ。


《蒼穹の船底》醜裸だまりに存在する地帯のことを指す。一説にはそこが異世界の入口とされていて、かつては異世界との窓口として機能をしていたと、生き証人達は語る。現代の若者はそのことを御伽噺であるとか、老人の戯言だと嘲笑し、そのことを信じるのは、無邪気な子供か、社会から見放された狂信者くらいであろうと。


 考察してみるにどうやらこの地帯は《蒼穹の船底》と言われる、異世界を繋ぐ干渉地帯だったようだ。異世界から来ているわたしがいる時点で肯定材料だが、この世界の住民にとっては、異世界なんてちゃんちゃらオカシイ、現世の人間に近い思想を持っていうようだ。それに、ここから帰ってきた者は分析の中では語られていないだけで、魂武具使いくらいしかいないとみられる。


 欠け身を合わせて歩く二人の周りには、鱗の段差が険しい魚人や水を吸わない毛を持つ獣、形の定まっていない流体性の生物も跋扈している。あと共通してモクモクと水蒸気が出ているのも特徴していた。


「やっぱり蒼穹の船底エリアの生物は珍妙な奴が多いね」

「しっかり、周りを見てろよ。とっさには動けないからな」

「そこは安心して、私の術式によって奴らと同じスモークを起こせている。腹ペコか、格上くらいしか襲ってこないよ」

「にしては、寒いな」


「……ならこうしたら温かいでしょ」と女の武器を押し付ける。


「大丈夫か?風とか引いてないか、やたら熱いぞ」

「きっと、君がドキドキしているからかな」

「体調が悪いなら早く言ってくれよ」

「もう!そこはそうかもしれないって、切るところでしょ」

「そな殺生な」

「それ、私のセリフ。それに私、世間様の体温よりも三度高いから熱くて当然よ」

「そうか、慣れないことをさせちまったな」

「…………」


 端的に見れば、ラブラブカップルの会話に思えるが、アホではやってなかったようだ。術式による気化熱の影響もあって、マゲユイは結構冷えていた模様。それを温めようと密着度を高めて、いろんな意味での熱をあげる真っ当な行為だったようだ。それに余計な脂肪や隙間がないことで、体温が流れだしにくく保温機能が担保されている。どうこういおうと、この状況下での適任者は彼女しかいない。


 そんな良質なカイロを背負いさらに森の奥地へ。


 道中、腹ペコの化け物が原生生物を喰らう食物連鎖を確認し、おそらく格上であろう巨体生物が二人を凝視し、脅威じゃないと判断したのか素通りするなどの運に恵まれて、やっとのことで洞窟を見つけた。


「やっと、雨宿りできるところを見つけた」

「もう下ろして良いよ」

「降りてこけないでくれよ」

「そっちこそ、こけるないでよ」


 欠け身を分解し、二つの個体に戻る。背負われている間にバランスを取る技術がお互い磨かれていたのか、すたっと大地に足を着いた。


 その後、火のお嬢様は「ルフォン」その声を皮切りに服はみるみると乾いていき、濡れる前と変わらない装備となった。


《ルフォン》衣類を乾かす火の結晶魔術。術の始まりはミトラスが分け放った流星の魔術であり、四色の結晶を纏った種だった。マッシェルの大地に芽吹いたその結晶は住民との出逢いを待ち望み、最初に出逢った者が最初に要求した魔術がこの術であり、この世界の呪術の始まりにもなった。その影響で本来すべてを灰に変える存在としてデザインをされていたそうだが、天意と感謝の光りに思考がやられ、そのような残虐行為は行わなかったそうだ。


「すぐに乾いたな」

「これで水濡れで死ぬことはないから心配しないで」

「縁起でもないことを……ん?」

「どうかしたの?――あ」


 雨宿りができるところに入り服を乾かしたところまでは良かったが、その洞窟はどうやら巣穴だったらしく、体長五メートルくらいはあるだろうか。あのタコよりかは小さいとはいえ、地上の猛獣だ。ケツを向けていた獣は背後の二人を見て、見逃すどころか垂涎を垂らしながらこちらを振り向むく。


「なあ、熊とか調理したことがあるか?」

「当たり前でしょ。猛獣を解体するのは乙女の嗜み。それでお婿さんが決まるくらいなんだから」


「そりゃよかった。狩られる前に狩るとしよう」左手で武器を構え。


「今日は貴様が晩御飯だ!!!!」片足の戦士は拳を突き上げる。


 解体は乙女のたしなみじゃないからと、わたしのツッコミは届かぬまま、欠け身の二人は猛獣に挑む。

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