蒼穹の船底

遭難地点

 淀みと微睡みが伝う中、黒い森林が見え始めて、そこには川から二人をあげる青年が一人。マゲユイを近くの木に立てかけて下ろし、その腕の中には先ほど切り飛ばされて失ったはずの凌ぎ刀が収まっていた。お嬢様の方は咳き込みながらも自分で服を乾かし、相方にも同じ術を使おうとした。


 が、青年がその術を既に行っていて、出番を無くしたことに不貞腐れつつも「助けてくれてありがとう。助かった」と礼を言って、会話の切り口にした。


「死なれちゃ困りますからね。未来のためにも……」

「……なるほどね。言わなくて良いよ。名前は私が決めるから」

「話が早くて助かります」


 青年はお嬢様に対し親し気な発言をして、意味深な安堵の声を出す。


「おうおう、くるしゅうない。私はやったことないけど、別世界の私はやったみたいだから」と、ポンポンと片足で背伸びし青年を撫でる。


「本当にふざけてますね。同じく口調であることも大概ですが」

「それで、これだけのことをするために来たわけ?」

「これだけって、刀の回収と救出したんだ。充分だろ……それに――」


 こちらを見て「後は頼めますか?」と青年はわたしの思念に直接問うてきて「とりあえずは、見守っている」と返す。


「二人を帰られるようにはしといてくれ。できれば風の人が探すが容易になるように」と言われて、ひとまず首肯の意思は伝えた。


「……まさか、空中で見ていた奴がここにいるの?」

「多分その存在。悪意はなさそうだから心配しなくて良いよ」

「そこは気にしてない。私のお願いを素直に聞いてくれる奴だ。敵に値しない」


 このメタいことを言っている二人はともかく、観測対象であるマゲユイ男のほうが心配だ。ピクリとも動かないからだ。近づいて様子を確認してみる。


「安心してください。気を失って言うだけです」


 お嬢様がマゲユイを見て心配する態度と重なり、青年は安否の状態を報告。


「それよりも、傍にいる存在も分からないほどに体力が消耗している、か、じゃなくて、あんたの方が心配だ。自分の体力を分けておくからと言っても、四分の一の回復にしかなりませんが」


「四分の一があれば、数回の戦闘と火起こしには困らないから心配しないで」

「そういって……ともかく、無茶をしないでください。そのせいで苦労するのは慕う後続人たちです」

「そんなに慕ってくれ者がいるのか?」

「ノーコメント」


 青年がお嬢さまにとって、どのような関係か透けて見える会話。どうやってこの時間に来たかは分からないが、わたしのやっていることも大概なので黙っておく。


「ともかく、火だけは点けときますので、しばらく温まっていてください」

「世話をかけるねぇ」

「まったくですよ。後続たちの役目もありますので、自分がやれることはここまで。会えてよかったです」

「私も生きる希望が湧いた」

「そりゃどうも。それじゃあ。いつか、思い出す日に」


 そう別れの言葉を発し、霧散するカタチで消えていき、その場には右腕を失いずっと寝ている男と篝火で温まる左足がない女性の情景が出来上がっていた。


 そして、五分くらいしてやっと男は目を覚ました。

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