バトルチェイス

 数百メートル先から耳障りの悪いノイズが発せられていることに気付いたわたしは、風の人と共にのその存在についての情報を入手する。


「ノイズスカートを履いてんな。俺対策で履いてきてるんだろうが……逆効果だな。サーチ能力者を隠すための静穏装備が変な間を生んで目立っている。正確に情報を伝える観点で一人当たり五人から三人くらいと考えて、最低でも十五人、最大で二十五人程度だろうな。地の利は相手の方がありそうだし、廃ビルに何人か狙撃手を配備しているところをみると、それ以上もあり得るな」


 風の人はこの危機的状況に対し達観しているのか、他人事だと思っているのか知らないが、欠伸が出てもおかしくないような、のほほんとした口調で状況を伝える。


「脇道は結構あるけど、おそらくその先はトラップだらけだろうが、こっちは二人だけ。搔い潜るには事欠かない。手間だろうが、こっちは逃げ切れば勝だ。正々堂々正面から入ってハチの巣にされる必要はない。だから、間違っても正面突破とか考えるなよ」


 マゲユイ男は風の人の話を聞いている最中、手首の運動をしているのか白い刀身をクルクルと回す。そして、最後の忠告の言葉を聞いてやる事を決めた様子で、脚で地面に八の字を描き前のめりの姿勢。右腕を胸につけ、道の先を真っ直ぐ指すように刀を持つ。


 そして、護衛対象の話しを聞いていなかったかのように「わかった、じゃあ正面突破で」と行く方向性を示す。


「おい、人の話を聞いていたのか?」

「準備できているか?」

「ああ!もう!そりゃ、もち――」


 ろんと、言い切る前にマゲユイ男は三連続の砂埃を上げて、少なくとも十人以上の気が立っている群れのもとへと突撃していった。


「確かに、いつでも準備できているけど、そのタイミングはねぇ――だろ……⁉」


 当然の爆発音。乗ってきた車が宙を舞い当人の脇に転がり込んできて、開いた道から「よう!うちの子が迷惑かけたようで」と明るい口調に対して、顔は全く笑っていない重火器を持った男連中。風の人は大げさに空中で何度か足をバタつかせ「待って!俺を置いてかないでーー!!」と、わざとらしい悲鳴を上げて、先んじた剣士を追う形で追いかけっこチェイスが開始された。


 戦闘だからバトルチェイスが正しいのかな。そんなことを思いつつ、わたしは浮上して遠くの状況、配備されているという狙撃手の様子も視野に入れて観察する。


「陣形分散!一軍はそのまま進行!狙撃手は邪魔をしない程度に!あとは追い込んで相手を一網打尽せよ!」

「「「「「了解!!」」」」」

「「「OK」」」


 一人、見た目だけで格が違うことが分かる女性を中心に陣形を変性させる女組。その動きは洗練されており、チームワークとはこういうことを言うのだよと主張するような俊敏さと生真面目さが感じ取れる。人と人との間には物理的隙はあれど、想いはその間で繋がっていることが分かるほど。その繋がりは見えぬ糸で張ってるかのような一心同体の連なりだ。


 先ほど相手の力量を見誤り、自分たち能力を披露できないまま、速攻でて無力化された連中たちとは大違いだ。


「無駄だとは思うけど、小手調べで一発行っておく?」


 バンッーー!!その提案に、別の狙撃手が勝手に同意して一発。釣られて、他の狙撃手も一発ずつ撃ち、狙いはもちろんターゲットである風の人。放たれた弾丸は走行の関係上避けることができない軌道を三弾は描いて着弾。したかと思われたかと思われたが、物理無視をしたかのように纏った風圧で反らされ当たらず。逆に弾丸が返ってきて、一発は銃口に弾が突っ込まれ使用不可に、もう二発はわかりやすく対象に当たるギリギリの位置に返し、隠れている場所の壁に銃弾がめり込む。


「だよね……。すぐ私が音響ってバレちゃった。でも、あんたが返した弾丸は――」


 《音響ペイント弾》物の性能としては通常弾と同じだが、当たろうが、外そうが、周囲の情報を外部に伝える。着弾地点を中心に音波を出し、共鳴できない地点を探り出し、相手の位置をあぶり出す。周波数を変えれば、作用や威力が変わり、相手によっては混乱パルス状態にとなる。イヤらしいものほど便利なものだ。


 本当にそれは間違いない。わたしが自身、その音を聴いた瞬間、先に感じ取っていたノイズスカートの音が消えて、視界では捉えられても音としては聞こえなくなった。おそらく、ノイズキャンセルという技術を使っているとは思うが、足音まで消せるというのはどういうことか?不思議なところ。残念ながらわたしは専門家じゃないから説明はできない。


「ふふ、舞台は整った。終わったあとに答え合わせだ」と風の人ことヒビキはニチャーと笑って、先に行ったマゲユイ男剣士を追う。


「まさか正面突破を選んでくるとは……。最も望んだ攻撃とはいえ、それされると気持ち悪い気分になるな。あの先陣切ってる男の戦い性格から察するに、相手の得意分野を利用する面倒なタイプ。陣を突破されたら、何を考えるか解らない。用心しないと……」


 一本道の終盤辺りにいる槍もちのリーダー格の女は、そんな小言を言いつつ状況を見守る。


 一軍と呼んでいた五人部隊。槍を構えて一人の剣士と交える。どうなるか、緊張の一手。それはたった三秒で突破された。


 槍の矛先が集まる一点。手首で八の字動作をしてから、停止の勢いを利用して、したからその一点をかちこみ、打ち上げられた矛先と五人組はのけ反り、遅れてさらに二発の衝撃が走りしたがってのけ反る。その隙、マゲユイ男は足で手元同様の動きをして後ろに下がり、再び八の字の動作を行い、今度は自分短剣をそれで叩いて、その三連続の勢いで、五人の中心にいる腰を落とし構えてい女性の股割の隙にスライディングする形で通り過ぎ、先を急ぐ。


 見事な突破であったが、そのあと追随していった風の人が来るころには態勢を立て直し、ターゲットを見据えていた。そのターゲットの後ろには男性陣が迫ってきている。絶対絶命。この状況をどう打破する気なのだろうか?


「幻影よ、三位一体を成し!統合せよ!ランフェス」


 風の人はその発言、呪文を口にした瞬間に三人の虚像に分かれて、先の五人組の脇を潜り抜ける。


「バカめ!その技の対処はうちらの得意分野だ!」


《ランフェス》通り抜ける一閃を意味するその御業は、音響系なら誰もが通る回避と逃走を目的とした初級のもの。弱点としては分かれた幻影は必ずとある一点に集まってしまうところ。一般的には用途通り、熟達となればどうなるか?初級の業だからと侮っていたら痛い目に遭うのはどちらなのか。それは為す者たちに委ねられる。


 一度武器をしまい、再び召喚して統合される一点へと矛先が伸びる。そして、対象の後ろ姿を捉えて、当たるあと一寸のところで、風の人は振り返り、舌をペロペロさせ相手をバカにする変顔と行動を取りながら、進行方向に身体を倒し、勢いを回復させて向き直り、先へと足を動作させる。


「何で届かない?」


 一人が驚いて、視界が下がっていき地にひれ伏す。


「何!みんなコケているのよ早く追いなさい!!」小隊のリーダーが怒りをぶつけたが他の四人は動く気は無い様子。自分だけでも追うぞと立ち上がろうとしたとき、皆が動かなかった理由がわかった。


「ジュハーー!!!!!!!!」その原因を見た追ってきた男性陣は鼻の下を伸ばし、その鼻下には赤い液体が吹き出し。


「もうお嫁に行けない!!」

「あの野郎!ゼッテイ許さねえ」

「かぁ――――」

「…………」

「一体ないが――かぁ⁉」


 足元を見てやっと気づいた。風の人はランフェスの通り過ぎる業を利用して、何と五人組のストッキングとパンツを同時に下ろして、逃亡していたのだ。


 相手が振り返るのが分かっていたから、その足元の自由を先に奪っておいたら良い、という論法は理解できるが……いや、後続のことも考えてパンツも下ろしたのか、そうすれば、大概の男はその光景に目を奪われてしまい、いろんな意味で停止してしまう。バカみたいな手段だが、逃走という点では有用な技だ。ひとえに破廉恥だと一蹴するには、愚か者というもの。


 現に男連中は「いいものが……ゴホゴホ」「早く隠してくれ、上着貸してやるから」「早くし止血しろ!」「悪い、走った影響で止まりが良くない」などと、言い訳して、一時停止を食らっている。


 とんでもないデバフのかけ方だ。


 性的要因は、女性側では優位に働きやすい反面、こうやって利用されたら単純に腹が立つ。けど、その要因すら利用されていたとすれば、この戦いというものは間違いなく彼らのペースの上に乗せられていることなのだろう。そう、いまその作業が先で行われているのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る