一騎当千に境界線はいらない

本音は密室の中で

「いや~本当に助かるよ。来てくれて。もし、来てくれなかったら生き恥晒すところだったよ」

「よく言うよ。人を釣っといて」

「まあまあまあ」

「コラ!人を呼び付けておいて、その態度はダメでしょ!」


 無作法な対応する王様に一喝を入れる、運転手のお姉さま。そう御姉様なのだ。何で識っているかっていうと、簡単な話……。この車内に転移した途端に通知が二件来て、自己紹介と詫びを入れられたからだ。


 《デオドラント・シフォン》風間ヒビキの姉。結婚する前は音帝・センドール・シフォンであったが、タルカルの元トップであったデオドラント・アルト=ツカに求婚され、逃げるようにビナート郊外で暮らすようになった。現在では二児の母親で、ときどき国の舞台裏で活動をしている。それは余計な権力に縛られない、彼女の理想的な暮らしなのだ。


 そして、同封の詫びの分。


 何かうちの愚弟の面倒事に巻き込んだようで、ごめんね。露骨な真似をするのが大好きな弟だから、もし余計なことをすることがあれば、容赦な蹴りを飛ばしていいから。あと、戦闘は傍にいない方が身のためだから、いくら上位者さんでも大怪我することがあるから気を付けて。と、こちらの事情も配慮してもらう始末。


 こちらこそ、お邪魔していることをお詫びしたいほどだ。後者のことはさっきほど弾き飛ばされたことで体験済みだから、明晰能力を生かし離れたところから観測しようと、改めて計画を組むことができたから律儀にそのことを活用させていただく。


「いいですよ、自分のためにそこまで気を使わなくて……それより、今回はヒメラギさんじゃないんだな」

「ラギちゃんは今日はお休み。はた迷惑な王様がいると休まる暇もそうないからね」

「同情する」

「反論できないのがツラい」


 軽い茶番をひとしきりして、マゲユイ男から本題を切り出す。


「それで、モブさんのところでは口にしなかった内容について教えてもらおうか」


「それもそうだな。実はな……」と、肩の力を抜くふりをしながら車内にわたしがいるのを確認してから追加情報を掲示した。


「ミリアス教団には謀反の容疑が掛かっているんだ」

「すごいな、胸を揉むだけで容疑者とは」

「茶化さないでくれ。至って真面目な話をしている」

「そうか」


「……続けるが、相手がミリアス教団のメンバーだったのは偶然だ。隣国の暗殺者を巻くためにやった事、および喫茶店で話したことは事実。しかし、姉さんも分かっているとは思うが、あの事件以降キチョー領の要であった獅子は不在。その影響で夜光ダーライト教を中心に貴族たちが我が物顔で領土に線引きを入れている」


「そんなことは時代の成り行きとして、仕方のない話じゃないのか?」


「ああ、スグの言いたいことは分かる。俺もその状況はあって仕方ない摂理だと思うし、別にそこは問題にしてない。ただ、その線引きの隙間を縫って、隣国の連中が入り込んでいるらしく、表舞台では権力者同士の喧嘩に見えて、実際は隣国の者達が手を引いたプロレスじゃないかと睨んでいる」


「傍から見れば、かなり諧謔的な茶番だな」


「その通り。あまりにも露骨すぎて逆に上手すぎる陽動じゃないのかと、疑うくらいに分かりやすい侵略行為だ。いくら弱いところを崩していくことが定石でとはいっても粗すぎる」


「けど、逆にそのせいで候補が多すぎて、教団以外の尻尾は掴んでいないと、そんなところか?」


 マゲユイ男の鋭い指摘に口を濁しながらも「本音を言えば、教団であるかもわからない。どんなことでもそうだが、発端は特定できても始まりは特定するのは困難なこと。一言で夜光ダーライト教いっても次世代のための政策により、いくつもの派閥に分かれている。本来は世代間での戦争を抑止するために敷いた政策だったが、皮肉にもその隙に入り込まれて、明日にも派閥内で戦争が起きてもおかしくない状態だ。せめてひと派閥だけでも隣国側ではないことが判れば、しょうもない一歩でも戦争回避においては大きな前進が見込める」と国側の都合を吐露する。


「要するに、教団との戦いの中で相手がどんな連中か、その目で確かめたい。けど、兵隊を動かせば、派手に行動がバレて想定以上の面倒事になる可能性が出るから、俺みたいな辺境の地の傭兵を雇って小突きに行けば――」


「ただの喧嘩で収まると考えた。だから、こうしてきてもらった訳だ。多勢に無勢の戦闘は得意だろ」と軽く今回の仕事内容を示し、マゲユイ男は「やってみないと解らない。生憎、自分の強さも弱さも過信していないもんでな」と頬杖をつき、よそ見をしながら場の空気を収める。


 細かいことは分からないが、少なくとも相手が敵であって信用できるかどうかの目星だけは付けたいようだ。その噛ませ犬に、このマゲユイ男を引っ張ってきたと。


 さらっと無害そうに言っているが、やっていることはその隣国の奴らと変わらない。表面だけで見れば、狡猾に見せかけた、ただのしょうもない引用だ。


 だけど、別の視点として、その意趣返しをすることで、向こうがその隣国陣営かどうかは判別は付けることができる賢い手段とも思う。だって、仮にその行動を見てどこかのやり方だとか、真似をしやがってとか文句を垂れ流すものなら、大なり小なり情報を手にすることができる。そういった文句が出る時点で、何かしらかの陣営の情報が手に入り、もし情報がでなくとも関係性がないことで、隣国との関わりは極めて低い集団と判断がつく。


 その方法はまるで、適当な二択を用意されて、選んだ方をもとにそこに誘い出すナンパ師の常套句のような狡猾さが、不透明さが濃いながらも滲んで見える。


 これが王たる器かと一人おののき、運転手は鼻で一蹴する。全く怖い姉弟だ。

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