冷やすべきは頭か、肝か、感情か

「兄貴!新たなカモがやって来たみたいですよ」

「おう、そいつ止めておけ」

「でも、相手は猪突猛進の勢いでっせ!二人がかりでも無理そうス」


「あ゛ん゛?そんなもん。こうすれば止まるんだよ」

「は⁉」


 女性をの腕を掴んだまま、水路の端ギリギリまで寄せて、突っ込んできたマゲユイ男の肩に掌を掛けて制止。その行動にスグは顔色を一切変えずに肩のかかった手首を力点として、払い除けるように身体ごと後退しよりを取る。


 スグはデカイ男と二人の子分を見て「そういや、変な三人組がいるって蝦助野郎が言ってたな……。悪いな。自分は先を急いでいるんだ。相手なら別の機会にしてくれ」と、真摯に訴えたが、その思いは想定通り退けられ。デカ男は「知るか!この先に行きたくば、通過料を払え!」と、お決まりの小者セリフを吐く。


「しゃあない」と、自分の走る勢いを止めた腕力を持つ相手に動じず、戦闘の構えを取る。


「その構え、その顔は……やっと見つけた。本物のブラッドレイン」と蒼黒髪の女性はまるで想い人を見つけたかのような目をしているが、そこには輝きがなくどちらかというと因縁の相手を見つけたときのような深い闇の色を宿していた。


 ブラッドレインという名前にさらなる後退を見せる子分たち。流石に本物が来たらこのデカイ男でも尻込みすると思いきや「おおおー!お前がブラッドレインか!まさかそっちから来てくれるとはな!」と、目をギラギラ輝かせ、むしろ望んだ結果がやって来たと喜んでいて、女性と子分たちの想いとは全くの逆方向に。


 そのときに、蜘蛛の張り手で拘束されているはずの繊維体をものともせずに手を開いて、蒼黒髪の女性はその隙を見計らい手を引いた。それで外すことに成功し、スグの距離よりも後ろに下がり、乾いた繊維を取り除き水路に投げ捨てた。皮肉な話、デカ男の力量がなければ、これほど上手く脱出することはできなかったと女性は内心、複雑な感情を抱えながらさらに複雑な想いにする彼の背中を見詰める。


「やっぱり、この人だ……」


 心のうちはわたしの明晰力でも感知できないが、この女性にとっては重要なことなのだろう。それだけはわたしにも理解はできる。


「いや~女性が後ろに回られると、まるでオレが悪党みたいじゃねかよ」

「事実そうだろ」

「……悪くねえ、そういう立場も」


 一触即発の状況。体格差は子分よりも低い存在。構図だけ見たら、ただの弱い者イジメだ。だけど、勝機があるからマゲユイ男も勝負に出ている。果たして、どんな戦いをするのか。


「ツベコベ言わずにかかって来い。強いんだろ、お前。ガッカリさせるなよ」

「当たり前だろうが!!!!」


 これこそ猪突猛進だ。スグがやっていた倒れ込み走りとは全然違う。確かな質量と運動エネルギーを持った重機。これをどう裁くのか。


 マゲユイ男は前のめりになり、その攻撃を受けるのだろうか。事は秒数単位。激突する肉薄の空いた隙――――スケーターのあの軽やかなステップのように身を躱し、振り返ることもなく、猛ダッシュ!これで抜けたら目的地へと向かえるだろうが、女性のあとは救えない。エンビちゃんの提供してくれた情報のように本当に無慈悲な男なのか。さっきは自分の口でガッカリさせるなよと息巻いたのに、これじゃあ……。


「逃げるんじゃねえ!!!!」


 マジか!デカイ男は己のフィジカルをフルに活かして、改めて猪突猛進と形容したくなるリアル猪走行での切り返し、たちまちマゲユイ男は獣を背にした弱者に成り下がる。速度はその分上がり続ける。当たれば複雑骨折確定。どうなる、どうなる。


 展開に興奮しすぎて、脳内は競馬実況状態。その結末は――――。


「信じていたぜ、お前――。お前は確かに強い。だからこそお前は、今回、弱者に敗退する」

「ッえ⁉」


 スグは、ピタッと足を止めその運動エネルギーを振り返りの回転のエネルギーに変えて、水路側に体重をかけて速度を上げるデカイ男のバランスの軸が移動し、両足が地面から同時に離れる刹那、気持ちよく足払いが炸裂。自転車に乗り続けている経験者ならわかる。バランスを失た瞬間ってやつは、やることが分かっていても怪我のリスクを恐れすぎて、逆に何もできなくなる。あの無力感を――――。


「嘘だろ……」


 バランスを崩して倒れ込むは、登るにもひと苦労しそうな水路。流れは緩やかに見えるがある程度は水深はありそうだ。強者は肝を冷やしながら水路の落ちてゆき、体躯どおりの激しい水しぶきを上げ、上空で観測しているわたしの方にも飛沫する。


「「兄貴!!!!」」

「早く助けに行きな!筋肉が冷えて動け――」


 マゲユイ男が説明を終える前に子分二人は水路に飛び込み、デカ男の救出へ向かう。ただの小者だと思っていたら、まさかの忠誠心を見せて、わたしは思わずこの三人組は捨てたもんじゃないなと拍手しながら感心する。


 その様子を見てスグは彼らに敬意を表そうと屈み水路の底にいる三人に「そこで仲良く、頭を冷やしていな!今度会ったらちゃんと相手してやる」とあえて悪人ヅラをしてその場を後にした。


「おめぇ、絶対!憶えていろよ!!ブラッドレイン!!!!」と子分に担ぎ上げられながらも威勢の良い反応を示す。


 生きていて何より。そして、その男の去る姿をずっと目で追っている女性が一人。


「どこかに情報屋とかいなかったかしら?」と次の工程に移ろうとする、不穏な様子を見せていた。

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