ここからまた新しい世界が始まる

「さてと。最後にうちの観測者ミクロ・ネ・イヤになった者には、衣装を贈呈しよう。これを持って正式にキュヲラリアのミクロ・ネ・イアとして認められる。あそこの鏡で、衣装に着替えてくれ」


「…………エッチ」

「……俺が男に見えるのか?」

「見える」


 ミザは一瞬、わたしの発言に対しどうでもいいだろみたいな小さく口の開いた間抜け面で見てきたが、まだ配慮する心があったようで鏡がある反対方向に向いて「言っておくが、思念体には性別はないからな。これはあくまで性別のある次元への配慮と粋の気遣いであることを忘れるなよ」と上位者らしいと言って良いのかは分からないが、その対応に異様に人間臭さを感じた。


 それで鏡の前に立ち、そこで初めてわたしの全体図を目にすることになった。


 この鏡に映っているのも自己解釈だと思うが、デフォルトの服装は上着のないOL服で、そこまで中肉中背の体形は変わらないものの、顔立ちは比較的に整っていて、髪型は召喚前と変わらない肩までの長さ、色は酸化した銀色というべきか、ミザの艶やかな白銀が羨ましくなってくる。そして、瞳の色は『風なる者』と名称がつくに相応しいほどに、鮮やかなエメラルドグリーン。その顔に「現実でもこんなカラコン着けたことないよ」と本当にわたしの顔かとどうかほっぺを引っ張り確認する。


「まだか。礼儀ってやつは、そこまで長くしてもらえないものだぞ」

「わかっているって、てかどうやって着替えればいいの?」

「そっからかよ。目を閉じて鏡に触れてみろ。目覚めたころには、着替えは済んでいるから」

「軽く言ってくれる」


 言った通り目を瞑り、鏡に触れる。途端に暴風雨のような風が吹いてきて、体にひらひら纏わりつく感覚が襲ってきた。


 その感覚が袖と胸元、下半身に多く吹きわたり、止んだころに目を開けるとそこには、年齢にはそぐわないものの、ベージュを基本いより風が感じられやすいフリルの多い衣装。スカートは膝丈の長さがあって、中には何枚もの布が重なってボリューム感がある。髪もセットされていて、後頭部には羽付きの串の刺さったお団子、耳元のはあえて髪を垂らし、前頭の髪には鮮やかな二枚羽が可憐に彩っていた。


「これ本当にわたしなの?」と、もう一度ほっぺを引っ張てみる。


「ちゃんと痛い」

「もう良いか?」


 時間に直すとそんなに経っていないと思うのに、待ちきれないのか。ミザのまだかコールが頻繁だ。多少文句があったが、気を使わせているのはわたしだとイラつきを呑み込み「うん、良いよ」と返事を送った。


 振り返って、わたしの衣装を見たミザは「馬子にも衣装だな」と鼻を鳴らしながらも、この衣装の質を評価しているようだった。


「そういて、これあなたの趣味じゃない?」

「残念ながら、この空間の意思で作られたものだ。俺の衣装も前任のデザインをベースに着心地の良さと異彩のあるイメージで作られている」

「へえ~前任のセンスがいいね」

「……良かったんだろうな」


 ミザは歯切れの悪い回答。バツの悪そうな顔を隠すように、自分のカップの液体を空にして膝をパンと叩いた。


「さっそくだが、異世界に出向いた観測をしてきて欲しい。観測に出るには、あそこのドアから出たら、異世界に飛べるから」と、あの亜麻色の少女が出てきた扉を指をさし、ミクロネイアの初めての仕事を命ずる。


 そのことで、わたしはずっと気になっていたとあることを思い出し、最後に質問してみることにした。


「そういえば、扉の近くで椅子に座って本を読んでいる。亜麻色の女の子も観測者ミクロネイアの一人?」

「亜麻色の少女?亜麻色……そっか、あの子はずっとそばにいてくれてたんだな――あの子は違う。ただの妖精さんだよ」


 どうやら、関係者ではあるようだが『妖精さん』とはぐらかしているからそこについては語る気はなさそうだ。しかも、見えてないようだし……。


 危害がないなら、問題ないだろうと変に勘繰るのをやめて、わたしは彼の指示通りその例の扉の先へと向かって歩み出す。扉のドアノブに触れたとき、わたしは最も重要なことを訊き忘れていることを気付き、速攻で引き返して、ミザに問い掛けた。


「今度は何だ?」

「つうか、どうやってここに帰ってくることができるのよ!あと、現実世界に戻る方法も!」

「……はあ、簡単だよ。てめえが帰りたい場所を思い出して飛べば、良いだけだ。イメージとしてはてめえが大好きな、その……本にシオリを挟むような感覚でだ」


 彼からそれを聞き、この人、本が嫌いと言いながらも本当は好きなんだと、その発言で充分に理解できた。こんな負けなしの試合を目標にして良いのかと迷ってみたが、やって初めて証明できると思い直し、気合を入れて観測場所へと出向く。


 今度は降り返ることもなく、扉を開けてその先へと進んでいき、わたしは帰るべき場所のひとつキュヲラリアを後にした。


「やっと行ったか……」


 彼女を見送ったミザは最後の鮮やかな液体をカップに注ぎ一服したあと、一度大きな溜め息をしてから、こちらを睨み付け、あからさまなイヤそうな顔をしながら「それで、いつまでこの内容をボケーッと、飲み食いしているつもりだ。てめえらも行くんだよ。星なき夜の傍観者共めが――――!」


 こうして、わたしが始めた物語は100年世界の顔料と現世に影響を与える顔料を伝える、宿命を持った禄儀の旅が始まるのであった。

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