星願いのアサンブル 死者からの遺言の書編

冬夜ミア(ふるやミアさん)

星の核になるものたちへ

琴乃巻心晴の憂鬱

琴乃巻心晴

 時渡る空。星の見えない街道をひた走る一人の女性がいた。


 彼女の名は琴乃巻心晴ことのまきこはる。いつも元気で晴れやかな心を持つ人に育って欲しいと、父方の祖母に付けられた素敵な名前だ。


 心晴が産まれたのは一九九九年一月一七日、日曜日の未明、仏滅、冬の土用入り。人より野生動物の方が多いであろう地域で農業を営む夫婦のもとに生を受け、上には五歳離れている兄がおり、彼女が産まれた翌年には妹が誕生したことにより、三兄妹の姉と成った。と、和多志わたしの媒体には記録されている


 彼女の性格を一言でいうなら天真爛漫。気立てが良く、自分に都合が悪いことでも素直に答えてしまい、一度興味を持ってしまったことは理解するまで追求する気質の持ち主。そのためか他人との距離感がバグってしまうときがあり、相手が望まない領域まで入り込んでしまうことが多い。通常であれば、拒絶されるのがお約束なところのはずなのだが、名前の恩恵か、田舎で育った環境が影響しているのかは分からないが、彼女の場合、自然と受け入れられ、その行動を咎める者は差ほど多くない。


 客観的に評価してみれば、誰とも気兼ねなく接することができて、他者に対して壁を作らない人当たりの良い印象を受けるが、別視点から見ると、気付かないうちに他人の畑に踏み入れている無邪気で厄介な存在とも捉えることができる。


 あと特筆しておくべき点として、彼女は『無類の本好き』であることも示しておきたい。どうせ趣味範囲の内容だと見積もっているなら、そのイメージは容易に崩されるレベル、もしくは一種の習性ではないかと形容して良いくらいのものだ。


 どのくらい好きかというと、三歳の時点で『ああ、無情』という外国の小説に魅力を感じて、父親に読んでくれとせがむほどだった。元々は彼女の父親が幼児向けではなく、翻訳版を悪ふざけで読み聞かせて始まったことだが、それがキッカケで小学生に上がるころには街の図書館の幼児コーナーの本を制覇し、中学になるころには学校の図書さえも貪り読み尽くす本の虫になっていた。


 それは日常的にも影響があって、兄妹がカゴにお菓子などを入れる中、彼女だけはわざわざ違う階層から取ってきた本を投入し母親に怒られたり。友達がゲーム機を持ち寄って遊んでる状況でも本を読み、攻略本も読んでいることもさることながら何故かゲームの内容も把握している上に、しっかりと会話にも参加できるという謎な器量も持ち合わせていて、初見時は観測者である和多志でさえも驚きを隠せなかった。


 この状況を見て父親は悪ふざけで仕込んだとはいえ、娘に大きな影響を与えてしまったことに多少後悔にも似た親心としての心配が生じるようになったそうで、彼女の性格と本好きが良くも悪くも噛み合ってしまい、赤の他人でも近寄って質問をしてしまうからいつか変な犯罪に巻き込まれないかと随分と危惧していた。


 まあ、それが杞憂で終わるはずもなく、様々な事件に巻き込まれていくのはここに記す時点で約束されたことだから、そこは観測者の知見として先に啓示しておく。


 それは親元を離れて、親友と共に生活し始めた高校時代でも変わらないどころか、さらにパワーアップしていて、入学初日から近所の本屋から警察を介入させて、「連れて帰ってくれ」と親友のもとに連絡が入れられ、回収に向かっている間に駄々こねまくって出禁にされてしまう有様。


 さすがの親友も「あんたって人はどんだけ本が好きなのよ!!」とビンタ食らわせたが、痛いよりも先に「ヤダヤダヤダ!!鼻が折れてもいるんだ」と騒ぐものだから、護身用のスタンガンを脇腹に使用して黙らせた時もあった。


 そんな三度の飯より本が大好きな彼女が何を思っているのか。その大好きな本屋の前を通り過ぎ。手元には普段は価格が高いから買わないと豪語するコンビニで購入したであろう、お酒の入ったビニール袋がガチャガチャと割れる音を立てながら、夜の街を走っているではないか。その目には大粒な涙が湛えられており、何度も擦ったのか瞼がかなり赤く腫れている。


 これほど泣いている彼女の姿をあまり見たことがないと驚き、和多志が目を離している間に何があったのかと疑念を生じさせた。そこで和多志は彼女および琴乃巻心晴と明星を繋ぐ精神の糸を掴んだ。


 その糸はやがて綿が弾けるように解れていって私の思念体を包み込み、彼女の精神世界へと導かれてゆく。果たしてその世界は和多志に何を見せてくれるのだろうか。和多志はそこが愉しみでならない。

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