星願いのアサンブル 死者からの遺言の書編
松本観亜の語り所 (ミアさん)
星の核になるものたちへ
琴乃巻心晴の憂鬱
琴乃巻心晴
時渡る空。星の見えない街道をひた走る一人の女性がいた。
彼女の名は
心晴が産まれたのはこの世界で広く採用されている暦でいう一九九九年一月一七日、日曜日の未明、仏滅、冬の土用入り――まあそんなところ。人より野生動物の方が多いであろう田舎町で農業を営む夫婦のもとで彼女は生を受けた。二つ上には兄がおり、彼女が生まれた翌年には妹が誕生し、三人兄妹の長女と成った。と、
彼女の性格は一言で天真爛漫。気立てが良く、自分に取って都合が悪い事でも素直に答えてしまい、興味を持ったことは納得するまで探求する気質の持ち主。そのためか他者との距離感がバグってしまうときがあり、明らかに迷惑な領域までに入り込んでしまうことも多い。けれど、名前の恩恵か、田舎の環境か、それとも彼女が生まれつきの特性なのかは不明だが、その行動について咎める者はあまりいなかった。
客観的に見れば、誰とでも気兼ねなく接し、他者との間に余計な壁を作らない人当たりの良い印象を受けるが、それは悪い見方をした場合、無邪気に相手の望まない距離まで入り込んでくる厄介な存在とも捉えることができる。
それに特筆すべき点として、彼女は『無類の本好き』であるという事だ。
どうせ趣味の範囲であろうと見積もっているなら、そのイメージは簡単に崩される。もはやあれは一種の習性といっても過言ではない。
どれだけ好きか?きっかけを出発点として解説するとまず、最初に心晴が触れた本は『ああ、無情』という一八〇〇年代の仏蘭を舞台にした翻訳小説で、一応児童向けの絵本としてしても普及している作品なのだが、父親が悪ふざけで小説版を読み聞かせ、続きを読んでとせがむくらいになっていた。幼い彼女にとってそれは、寡黙な父親といっぱい喋ることができる便利なツールとしか考えていなかったが、徐々に自らも読むことにも興味を持ち、小学生に上がるころには学校の図書室で小説の内容を貪る読書の虫になっていた。
この状況を見て父親は悪ふざけで仕込んだとはいえ、娘に大きな影響を与えてしまったことに多少後悔にも似た親心としての心配が生じるようになったそうで、彼女の性格と本好きが良くも悪くも噛み合ってしまい、赤の他人でも近寄って質問をしてしまうからいつか変な犯罪に巻き込まれないかと随分と危惧していた。
まあ、それが杞憂で終わるはずもなく、様々な事件に巻き込まれていくのはここに記す時点で約束されたことだから、そこは観測者の知見として先に啓示しておく。
例えば、兄妹がこそこそとカゴにお菓子を入れている中、彼女だけは違うフロアにある商品である本をそのカゴにぶち込んで母親に怒られたり、学校の友達が外や家にゲーム機を持ち寄って遊んでいるのが一般的だった環境で、本屋に入り浸るという憑りついている立場でいうのもなんだが、何か得体のしれないものに触れてしまったのではないかとか、和多志には見えない何かに憑依しているのではないかとも、睨んだ日もあった。
それは親元を離れて、親友と共に生活し始めた高校時代でも変わらないどころか、さらにパワーアップしていて、入学初日から近所の本屋から警察を介入させて、「連れて帰ってくれ」と親友のもとに連絡が入れられ、回収に向かっている間に駄々こねまくって出禁にされてしまう有様。
さすがの親友も「あんたって人はどんだけ本が好きなのよ!!」とビンタ食らわせたが、痛いよりも先に「ヤダヤダヤダ!!鼻が折れてもいるんだ」と騒ぐものだから、護身用のスタンガンを脇腹に使用して黙らせた時もあった。
そんな三度の飯より本が大好きな彼女が何を思っているのか。その大好きな本屋の前を通り過ぎ。手元では普段は価格が高いから買わないと豪語するコンビニで購入したであろう、お酒を詰め込んだビニール袋をガチャガチャと割れる音を立てながら、夜の街を走っているではないか。その目には大粒な涙が湛えられており、何度も擦ったのか瞼がかなり赤く腫れている。
これほど泣いている彼女の姿をあまり見たことがないと驚き、和多志が目を離している間に何があったのかと疑念を生じさせた。そこで和多志は彼女および琴乃巻心晴と世界を繋ぐ精神の糸を掴んだ。
その糸はやがて綿が弾けるように解れていって私の思念体を包み込み、彼女の精神世界へと導かれてゆく。果たしてその世界は和多志に何を見せてくれるのだろうか。和多志的にはそこが愉しみでならない。
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