夢から始まる異世界冒険をアイに書いてもらう

チアル

オレンジ色のショップ

 僕は大学をたぶん卒業して社会人なったのだが、それなのに敬語というものがまともに使えない。それぐらいと思われるかもしれないが、メールや企画書など誤字、脱字、誤用など平気で書いてしまうので笑わせようとわざと書いていると同僚からは思われている。このままではいつか本当のことがバレて大きな問題になりそうだと、つねづね懸念だけは感じて何もしないでいる。


 仕事の失敗を何とか言ってごまかそうとするのは日常的な業務の一環だが、論理が破錠はじょうしかけたとき「センパーイ、 破綻はたんしかしませんから、だいじぃうぶですよ。冗談ばっかり、ふふふ」と今年入った新入社員に言われる始末。けがれのない笑顔で言われるものだから余計に気まずい。


 かわいらしい新入社員は、やがて真実にきずくだろう、そして彼女の顔からは笑みが消えて軽蔑した目つきで僕をにらむようになるだろう。もしかしたら、僕がそのような態度をされると喜んでしまうことを知っているに違いない。新人たちの対人スキルの高さには頭が下がるばかりだ。


 今では僕にも後輩ができた。さすがにこのままではいけない。向上するため行動しなければと思っているだけで満足し日々を過ごしていた。いつかやろうと思うのはいい。なぜなら神秘な力が働き、解決策のほうからひょっこりとやってくるからだ。


 それはクライアントとの打ち合わせが終わり直帰したとき駅前で見つけた。


 AIショップ。オレンジ色の文字で大きく「AI」と書いてある。間違いない。


 あれが最近流行りのAI、人工知能というやつか。なんでも文章や絵など命令するだけで思い通りに書いたり描いたりしてくれる、と最近SNSやニュースでも見聞きするやつだ。


 僕は気が小さく臆病なので、よく熟考して行動する。店の前で入るべきか不審者のようにウロウロと躊躇していたら、僕よりはるかに年上のジジイ、いや年配の紳士が慣れた感じで僕の横をとおり越して店に入っていった。あのようなジジイでも気軽にITを利用している。そうだ時代は変わったのだ。僕も後れをとってはいけない。


 店に入る。先に入った人の真似をして順番まちの発券機からチケットを取る。ソファに座ってしばし待つ。店内では男や女の姿をしたアンドロイドたちが待っていた客と自然な感じで対話をしている。あれがAI。


 学生時代、国語の試験はカンニングをしてもギリギリ追試にならない程度の点をとるのがやっとだった。試験の結果につけられた点数とは先生方がカンニングの技術点を考慮していただけたもの、といまでも本気で考えている。


 自覚している。文章を書くのが大の苦手だ。コンプレックスと言ってもいい。なぜなら文系ではないからだ。こう言うと勘違いされるかもしれないが、計算はさらに苦手だから理系の出身ですらない。


 今思い返せば両親はどちらかというと教育熱心なほうだった。幼いころから室内の清掃、床みがき、風呂場やトイレ掃除、洗濯物を干すなど、生活するうえで必要な知識をたたき込まれた。小学校に入るころには英才教育が実り、いつどこのスパーマーケットが特売日なのかそらんじて、両親からは神童とまで言われた。


 懐かしい思い出に浸っていると手にしたチケットの番号が呼ばれた。光る文字盤に同じ番号が表示され、そこには美しい女型のアンドロイドが立っていた。僕はそばに歩み寄りチケットを見せた。


「こちらへ、どうぞ」


 アンドロイドを彼女といっていいのだろうか、とにかく彼女が先に進む。ある個室のまえで止まると戸を開けて中に通された。


 部屋の中は意外と狭く左右の壁は両手を広げれば届きそう。真ん中に白い机と向かい合って座れるように白い椅子が置かれている。部屋全体の白を基調としたオシャレな感じが僕のみすぼらしさを際立たせてくれる。


 そこは思ったより静かで隣の部屋の話声などは全く聞こえない。セキュリティを考慮してのことだろう。これはコンプライアンスが高いからなせることなのだ、と知ったばかりの単語を意味もわからず使って理解した。


「お掛けになってお待ちください」


 言われるまま椅子に腰かける。座面は柔らかい素材でできていて座りごこちがよい。彼女も席に着くと手に持っていた書類やタブレット型のPCを机に置いた。


「こんにちは。わたしはすぐにちゃちゃっとできるアイです。よろしくお願いします」


 アイは元気よく、かわいらしくベタな自己紹介をはじめた。見た目や話しかたは今流行っているアイドルグループのセンターで歌っているきれいな少女の横で歌わずにおかしなダンスすることだけで名が知られた少女のようだった。僕はその少女のファンだった。


「と、とても美しい人で、き、き、緊張しています」


 僕は日夜、営業で培った話術を使いアンドロイドに対し「人」のようだと世辞を言った。


「ふふふ、ありがとうございます。お客様もステキなかたですね」


 変な汗をかいて若干キモくなりかけている僕に世辞を返してくるとは、さすがAIだ。


「AIの皆さんは個性的な姿をされているのですね」

「はい。わたしたちは、お客様がお見えになったときからカメラでモニタリングしています。個人をプロファイリングし、推測し、見た目や声の調子など自動生成しているからです。お気に召されましたか?」

「もちろんです……」


 見透かされていた。道理で外見が僕の好みに仕上がっていたわけだ。考え込んでしまい変な間が空いてしまった。ここは営業トークの秘技、興味はないけど適当なことを訊くだ。


「名前はどのように決められて?」

「女型はすべて『アイ』といいます」

「そうですか。ちなみに先ほど男型が対応していたのを見たのですが、彼にも名前が?」

「はい、彼は『アイ之助』です」


 なるほど、きっとその名前は偉い人が決めて誰も反対できなかったパターンだ、だがそれは別としてこれは期待できる。僕はそう感じたのだった。

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