第3話「第三夜、『回れ!時刻む、旋盤の時計』」
『(ケーイ!)』
囁くような女性の声。
字幕『初めは、顧客の何気ない一言だった。』
(♪ででんでんででん どこどこどん♪)
(♪ででんでんででん どこどこどん♪)
虚空に刻まれる紅い「K」の文字、感情を叩きつけたかのような力強い動き。次いですらすらと筆なき筆が踊り「プロジェクト」の白文字が添えられる。
字幕『プロジェクトK』
(♪波の中の水月(みつき) 潮の中の星河(せいか)♪)
(♪みんなどこへ行った 帽を振られる事もなく♪)
学校と思われる建物の一室、パソコンの中の仮想空間に円盤が踊る。モニターを睨め付ける男性の瞳に、完成図が夢と映る。
(♪海原の水馬(ケルピー) 峰上の母神(ガイア)♪)
(♪みんなどこへ行った 身儘で水面に踊る♪)
食品サンプルが立ち並ぶ工房、シリコンの型と戦う男性の姿。ころり、まだ熱をもつ産まれたての円盤が作業卓の上でくるくると螺旋を描く。
(♪波間にある月を 誰も覚えていない♪)
(♪人は深海(ふかみ)ばかり見てる♪)
時計店の作業卓、黒鉄を宿した円盤に時計の心臓部を取り付け、その長針はカチリと始まりの一歩を刻んだ。
(♪鯨よ深い海から 教えてよ波間の月を♪)
(♪鯨よ波間の月は 今どこにあるのだろう♪)
『第三夜、回れ!時刻む、旋盤の時計』
スタジオ、頭を下げる女性アナ。ゆっくりと顔を上げるとともに二拍、間をおいてその唇を開いた。
「始まりました『プロジェクトK、呉の挑戦者たち』、今夜は『第三夜』中通りの時計店の挑戦をお送りします。」
男性アナウンサーへカメラの目先が移り、男性は立てかけられたパネルを示す。それは、灰が峰から写した白黒の呉中心部の写真、その一点に赤いマーカーが打ち込まれていた。ストリートビューへと切り替わるかのようにアーケードからの映像に切り替わり「梶木時計店」とオレンジに黒字の、樹脂製のアーケード看板が映し出される。
『「梶木時計店」三代続く呉の時計店。』
「さて物語は数年前に遡ります。」
スタジオに映像が戻り、女性アナウンサーは頭を下げた。再現映像が始まり、画面隅には二〇二〇と小さく字幕が乗る。
『かつて、戦艦大和の主砲を作ったと言う大型旋盤、それが呉に来ると言う話に、街は沸き立っていた。』
ナレーターの声と共に、パソコンの画面がクローズアップされる。ブラウザに表示されていたのは、クラウドファンディングのページ。そこには「戦艦大和の主砲製造した大型旋盤、消失から救え」と表示されていた。
その様子をセルフォンで見ていた痩身の男性は、顔を上げると自身の城である時計店を眺めていた。その一角にはどのメーカーのものとも異なる、独自の文字盤をもつ時計達が並んでいた。この店オリジナルの、時計達。
そこに一人の顧客が冗談めかしく笑いながら店主に声をかけた。
『旋盤の時計を作ってみてはどうか。』
旋盤の主軸先端の固定機「チャック」は綺麗な円形、固定のための凹凸も規則正しく並び、なるほど時計の文字盤に見えなくもない。店主は笑顔で返していた。字幕が彼の素性を示す「時計店三代目、梶木浩史」と。
『オリジナル時計…文字盤に昔の軍艦の姿を描く、数量限定の梶木時計店の「独自商品」そのラインナップに旋盤を加えるか?だが、あまりに毛色が違い過ぎる。顧客の提案は冗談の一つと、心の片隅に収められた。』
『プロジェクトK!(けーい、けーい、けーい)』
スタジオに映像が戻り、女性アナウンサーが軽く会釈した。
「戦艦大和の主砲を作ったという大型旋盤、これを呉に運び展示するという計画を前に、時計屋が動き出します。この後どうなるのでしょうか。」
モニターの中、クラウドファンディングのページ、その寄付金額が凄まじい勢いで増えていく、桁が一つまた一つと伸びていく。
『クラウドファンディングが開始すると、わずか数日で目標額を大幅に上回り、旋盤は呉に飾られ、その身を守るための建屋も作られることになった。』
クラウドファンディングのページを見つめる挑戦者、梶木。腕を組み、その眼鏡にディスプレイの光が反射した。
『呉に旋盤がやってくる、そのインパクトも話題性も強い。「旋盤を模った時計」その実現性を挑戦者は検討し始めた。』
セルフォンを操作し、電話帳アプリを操作する。連絡先を指先でスクロールさせ、ある企業の名前のところで止め、通話を始める。
『これまで軍艦の船影を文字盤に宿した限定時計…腕時計や懐中時計、ガラスに船影を刻んだ置き時計をメーカーに依頼して作ったことはある。だが、今回のメーカーからの回答は、否だった。』
『プロジェクトK!(けーい、けーい、けーい)』
スタジオに映像が戻る。移動式の卓の上には、これまで梶木時計店が手がけたオリジナル時計が並ぶ。船影側面を映したもの、迷彩を施したもの、腕時計、懐中時計、そしてガラスの置き時計など様々。
「これらオリジナルデザインの時計を作り出す梶木時計でしたが、今回の『旋盤時計』では順風では無いようです。続きをご覧くだい。」
時計店の中で腕を組み思案に没入する挑戦者。
『これまでは、メーカーのオリジナルデザインを受け付けるサービスを利用してきた。しかし、旋盤時計をこのスケールにはめ込むと見栄えが良く無い。梶木は、展示される旋盤と同様「チャック」を前面に出したデザインを模索していた。』
スタジオに映像が変わり、女性アナウンサーの姿が映し出された。
「それでは本日のゲスト、『梶木時計店』三代目店主、梶木浩史さんです。こんばんは、梶木さん。」
ゲートから姿を見せた痩身の男性は、女性アナウンサーと男性アナウンサーに会釈してゲスト用のソファに腰掛けた。
「アイディアがあっても、形にできないところが大変そうでしたね。」
そう男性アナウンサーに話題を振られ、梶木は静かに頷いた。
「食品サンプルを作る知り合いが居たんですが、何かの折に話したら『型があればできる』という回答だったんです。僕は型を作ることは出来ないので、そこで一回作成の話は止まりました。」
苦笑する男性を他所に、女性アナウンサーにカメラが向き、アナウンサーはゲストからカメラへと目線を変えた。
「そんな梶木時計店に、転機が訪れます。」
再現映像に戻る、梶木は店の外に視線を向ける。そこには青くて四角い異形が踊る。アーケードの屋根が歩道に日影を作る、その中で誰が見るともなしに踊るのは、呉を代表するマスコット、呉氏。
呉氏はBGMも無いまま踊り続け、フィニッシュポーズを極めると、くるりと身を翻し木製のベンチに腰かけた。木製のベンチ、腕時計にも見える。幾重にも板が重なったベンチ。梶木の視線に気付くと、呉氏は手を招きベンチを指さした。
『梶木の中に、心当たりが浮かんだ。店の前のベンチを作った人物。ものづくりが、得意な人物だった。』
シーンが変わり、乗用車を運転する梶木の姿。国道を東に走り、一つの大きな建物が映し出された。金属の看板には「呉工業高等専門学校」の文字。作業工具が並ぶ教室の中、梶木に相対する一人の男性。
『男は、呉高専の建築学科の教師、「時計ベンチ」を作った実績がある。梶木の相談に、「たぶん出来ると思う」と、前向きな回答が、貰えた。』
数日後という字幕が下部に浮かぶ中、三人の男が時計店内に集まり企画について語り合う。梶木を始め、三人は満足気に頷き合っていた。そんな男達の肩を、呉氏は後ろから撫でていた。
『こういう物を作りたい、梶木のイメージに対して二人の職人は「出来る」と応えた。』
再現映像の陰影と光が交互に照らされ、時間の経過を示していく。呉高専の教師はCADへと向かい、円形の図形を描いていく。手元には、数枚の旋盤の写真。
『男たちの挑戦が始まった。資料はクラウドファンディングの写真のみ。大まかなデータはあるが、細部は目で映し取っていくしかない。』
仮想空間の中で旋盤のチェックが、形を成していく固定具が、軸が、時が刻んだ歴史が再現されていく。写真に注視する、微かな損傷の痕も図に反映していく。ぴくり、教師は小さく首を傾げ、少し円盤の縁を弄った。
場面が変わり、工房風の部屋。手のひらサイズの型から樹脂を押し出すと、卓の上でカラカラと回る。字幕が「試製四分の一旋盤時計」とフォローを入れた。
男性にマイクが向けられた。下部に「ハンドワークス『レキュウ』、若竹」と文字が浮かんだ。若竹は文字盤の縁を指差した。
「ここ、本物は直角なんですが先生が引いた図面だと、ほんの少し分からない程度の傾斜が付けられているのです。ええ、型から外しやすいように。」
工房の中に戻る。そこには梶木の姿があった。試製旋盤時計の文字盤には若竹の手で塗装が施され、金属と見紛う風合いが積み重ねられていた。そこに、梶木が時計の心臓部と、短針長針を取り付けた。
『梶木は、大きく頷いた。それは旋盤時計本格生産の合図だった。』
『プロジェクトK!(けーい、けーい、けーい)』
「さあ、数人のプロの手によって遂に、旋盤時計は生産に入りましたがその後どうなったのでしょうか。」
再現映像、若竹の工房で幾つも並ぶ旋盤、流れ作業で色が乗せられていく。時計工房、完成した文字盤に、時計の心臓部が取り付けられ、旋盤時計は生まれていく。
『次々と産み出される旋盤時計、時流に乗り幾つか売れたが、だが目標数には及ばなかった。』
梶木時計店の奥、工房スペースで時計の修理を行う梶木。その肩を青い手が優しく叩く、呉氏の存在に気づいた。呉氏は店の奥、電話機を指差した。ファックスを兼ねた、店の電話機。
『梶木の元に届いた一通のファックス、それは旋盤に縁を持つ会社からの、大口注文だった。その数は、五十。』
セルフォンを手に取った梶木は、レキュウの若竹に連絡をとっていた。驚きと喜びの混じった表情が、熱意と共に声を上げていた。
『プロジェクトK!(けーい、けーい、けーい)』
スタジオに映像が戻る。女性アナウンサーが大きく映し出される。その膝の上には完成した旋盤時計が置かれていた。
「こうして旋盤時計は完成し、注文を受けて世に出されて行ったんですね。梶木さん、数々のオリジナル時計を作った中で、今回の企画時計は如何でしたか?」
カメラが梶木の方へ向く。梶木は居住まいを正し、誇らしげに笑みを浮かべながら口を開いた。
「この旋盤時計は、呉の全く業種の異なるプロフェッショナルが、それぞれの得意分野の技術が集結して形にすることができました。そんな『オール・メイド・イン・呉』の時計が、日本全国の皆さんのお手元に届いたことが、本当に嬉しいです。」
梶木の言葉に、音楽が重なっていく。
(♪話(わ)を紡ぐ人もなく 荒れ狂う波の中へ♪)
(♪混ざり散らばる潮の名は 忘れられても♪)
(♪ 左舷灯(レッドライト) 右舷灯(グリーンライト) 旅はまだ終わらない♪ )
スタッフロールが流れる中、呉の景色が白黒のスライドショーとして映し出された。ミュージアムの隣に設置された旋盤と、旋盤を守るように造られた巨大なガラスの展示室。市長や館長が並び、リボンをつけられた長き紐をハサミで切る。その観客側に梶木の姿があった。
ミュージアム内部の戦艦大和模型へと映像が移る。
『旋盤時計は実物の十分の一、それは偶然にも、ミュージアム内の大和模型と同じスケールだった。』
戦艦大和模型の前で、旋盤時計を掲げる梶木の姿。
(♪引き波はさざなみと 流る時の中へ消え♪)
(♪讃える鬨は 海神のために響いても♪)
(♪ 左舷灯(レッドライト) 右舷灯(グリーンライト) 旅はまだ終わらない♪ )
(♪ 左舷灯(レッドライト) 右舷灯(グリーンライト) 旅はまだ終わらない♪ )
小分けに梱包された旋盤時計が、沢山収められた箱。パタリとダンボールが閉じられ、宅配業者の手に委ねられていく。イメージ映像、荷を託されたトラックは呉から東に向かい、海沿いの工業地帯の中に去っていく。
(♪右舷(みぎげん)を照らすのは 水平線の果ての夢♪
(♪左舷(ひだりげん)を照らすのは 暁の夢♪)
(♪ 左舷灯(レッドライト) 右舷灯(グリーンライト) 旅はまだ終わらない♪ )
(♪ 左舷灯(レッドライト) 右舷灯(グリーン
ライト) 旅はまだ終わらない♪ )
中通りのアーケード、オレンジ色の「梶木時計店」の看板、カメラは客の目線で店内に入っていく。壁にかけられたたくさんの時計、そのうちの一つ。旋盤を模った時計をクローズアップしていく。
最後に、長針がカチリと時を刻んだ。ゆっくりと字幕が浮かび流れていく。
『「呉に帰ってきた、かつて戦艦大和の手法を作った旋盤」、それを模した梶木達の作った時計は、数ヶ月後…無事完売した。』
(♪ 左舷灯(レッドライト) 右舷灯(グリーンライト) 旅はまだ終わらない♪ )
(♪ 左舷灯(レッドライト) 右舷灯(グリーンライト) 旅はまだ終わらない♪ )
*
第三夜、了
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