第2話「第二夜、『星に願いを』世界で一つのアクセサリー」
『(ケーイ!)』
囁くような女性の声。
字幕『星は…自ら輝く遠き光』
(♪ででんでんででん どこどこどん♪)
(♪ででんでんででん どこどこどん♪)
虚空に刻まれる紅い「K」の文字、感情を叩きつけたかのような力強い動き。次いですらすらと筆なき筆が踊り「プロジェクト」の白文字が添えられる。
字幕『プロジェクトK』
(♪波の中の水月(みつき) 潮の中の星河(せいか)♪)
(♪みんなどこへ行った 帽を振られる事もなく♪)
宝飾店の店内で、意見を交わす夫婦と従業員。難色を示し、心配そうに渋い表情を浮かべる従業員。作業台で小さな星をヤスリで削り出しする女性。
(♪海原の水馬(ケルピー) 峰上の母神(ガイア)♪)
(♪みんなどこへ行った 身儘で水面に踊る♪)
長机が並ぶ会議室にも似た部屋で、アクセサリーを展示するが、立ち止まり見つめるものはあったが、卓上のアクセサリーは減ることは無かった。
(♪波間にある月を 誰も覚えていない♪)
(♪人は深海(ふかみ)ばかり見てる♪)
セルフォンに通知が鳴り響く。ひとり、またひとりと訪問客が増えていく。女性のセルフォン、そのアルバムに完成したアクセサリーの写真が一枚また一枚と増えていく。
(♪鯨よ深い海から 教えてよ波間の月を♪)
(♪鯨よ波間の月は 今どこにあるのだろう♪)
『第二夜、「星に願いを」世界に一つのアクセサリー』
スタジオ、頭を下げる女性アナ。ゆっくりと顔を上げるとともに二拍、間をおいてその唇を開いた。
「始まりました『プロジェクトK、呉の挑戦者たち』、今夜は『第二夜』本通りの宝飾店の挑戦をお送りします。」
男性アナウンサーへカメラの目先が移り、男性は立てかけられたパネルを示す。それは、灰が峰から写した白黒の呉中心部の写真、その一点に赤いマーカーが打ち込まれていた。ストリートビューへと切り替わるかのようにアーケードからの映像に切り替わり「宝石の山木」と淡いピンクの壁に文字が輝く。
『「宝石の山木」二代続く呉の宝飾店。挑戦のきっかけは娘の趣味だった。』
スタジオに映像が戻り、女性アナウンサーは頭を下げた。
「さて物語は数年前に遡ります。」
再現映像が始まり、画面隅には二〇一八と小さく字幕が乗る。陽光を満たした単身向けマンションの一室で、若い女性とその母親が佇んでいた。その前には、キャラクターグッズがいくつも並び「祭壇」を築いていた。
『「推し」と呼ばれるキャラクター、そのグッズを購入することで「推し」を身近なものとする。大学に進学し独り立ちした娘を訪ねた時、その光景に触れた。』
母親は、自身もアニメなどを嗜むため、グッズを集める娘の気持ちは理解できた。呉に戻ってからも改めて、娘の部屋を思い浮かべてみる、キャラクターグッズの色が広がっていた。同時に、娘の服の色も思い出す、それらは同じ色を宿していた。
『色…そうだ、キャラクターにはイメージカラーがある。公式グッズで無くても色で寄り添えないか、そんなアクセサリー造りは楽しいのではないか…デザイナーにして社長夫人…山木りつこの、挑戦が始まった。』
スタジオに映像が戻る。女性アナウンサーが軽く頭を下げると、カメラが横に動き男性アナウンサーがワゴンを押してくる姿を捉えた。ワゴンの上には、キャラクターグッズが並ぶ。アクリルスタンド、タオル、フィギュア、ペンライト、ネックストラップ、イラストカード、種類は数多。しかもそれは一人のキャラクター分しか並んでいなかった。男性アナウンサーはグッズに案内の手を向けながら語る。
「公式のグッズを集めたい、しかし種類が多い。折り合いを付けつつ楽しむ娘さんを見て、挑戦者はある事を思い付きます。」
宝飾店の中で、女性が思案げに虚空を見つめていた。店外向けに飾ったアクセサリー達が、外からの光を受けて色を放っていた。同時に娘の部屋も思い出す、飾られていたキャラクターグッズも、同じ様に色を放っていた。夕陽に浮かぶ色は…オレンジ。
『娘が推していたキャラクターには「担当色」と言う概念があった。キャラクターそれぞれに課されていた、専用の色。』
女性はカウンター下の引き出しを引いた。そこには宝石とは異なる、色を持つ石達が並んでいた。
『パワーストーン、これまでジュエリーを作る際、顧客の要望で開運や健康祈願のため、用意していたもの。オレンジ、それは娘が推していたキャラクターと同じ色だった。』
オレンジ、赤、青、小袋を取り出して並べてみる。これで三キャラ分表現できる、娘の部屋の光景と重なる。ポスターの中で連なる歌手達の姿と同じ並び。これだ、と女性は頷いてみせた。
『プロジェクトK!(けーい、けーい、けーい)』
スタジオに映像が戻り、女性アナウンサーが軽く会釈した。
「推しをパワーストーンで表現する。新商品のヒントを得た挑戦者は試作に乗り出します。」
女性アナウンサーの手首がクローズアップされた。パワーストーンブレスレット、風が流れるようにカメラは横に飛び、再現映像へと変わる。
女性は工房で五ミリ程の蝋塊に、精密板やすりを当てていた。受けの木板はその年季を、自身の摩耗で示していた。
完成した試作品は小さな「星」その型を手にりつこは従業員に熱弁を奮う。
『パワーストーンアクセサリーに、作品を示すワンポイントを入れたい。娘が傾倒していた作品は男性歌手の活躍を描いた育成ゲーム。イメージは、星。』
従業員と女性の間にはショウケースが並んでいた。オリジナルデザインのジュエリーが並ぶ、それは金や白金を素材とした煌びやかな星々。
『娘の年代にも手にとって欲しい、故に材料は手軽な銀を想定していた。だが「宝石の山木」では、銀製品はほとんど取り扱ったことが無い物だった。』
ショウカウンターの隣、工房の椅子に腰掛ける女性にマイクが向けられた。字幕には「挑戦者、山木りつこ」と浮かぶ。
「うちはそれまで、銀を扱ったことがあまり無かったんです。」
女性はショウケースに目を向けた。大容量リングケースにはオリジナルデザインのジュエリーリングがいくつも並ぶ。
「これはイエローゴールド、これはホワイトゴールド。今ここに銀をメインにしたものはありません。」
再現映像に戻る。女性の夫…今代の社長は新案に肯定的だった。それに対して、心配そうに渋い表情を浮かべたままの従業員。
『「銀製品はあまり販売した事がない、売れるかどうか分からない。」従業員は、良い顔をしなかった。』
とんとん、りつこの肩に青い手が触れた。女性が振り返ると、いつの間にか店内いっぱいに占める青き姿、呉の文字に目と手足が生えたかの様な姿、呉のマスコット「呉氏」。呉氏は、苦労しながら百八十度回頭すると、外向けディスプレイを指し示した。その一角を何度も何度も、そこがそこだけが別の空間であると示すかのように。
『販売した事がない…従業員の指摘は正しい、ならば新しい「山木」として進むのはどうか。山木は…このショウケースの一角だけ『別ブランド』として扱うことを提案した。」
『プロジェクトK!(けーい、けーい、けーい)』
ショウケースの一ブロックが別ブランドとして扱われる。試作されたパワーストーンアクセサリーがいくつも並んでいた。ブレスレット、ストラップ飾り、二色ピアス。ケースの隅にはブランドロゴが添えられていた。
『新ブランドの名は「ステーレン」オランダ語で「星」を意味する言葉だった。ステーレンとしての制作が、始まった。』
スタジオに映像が戻る。先ほどキャラクターグッズを載せていたのと同型のワゴンに、パワーストーンアクセサリーが飾られていた。ブレスレット、ストラップ飾り、二色ピアス。ショウケースの再現。どのアクセサリーにもワンポイントカラーが添えられて、ゲームのキャラクター全員分の「色」が揃っていた。
「こうして始まりました新ブランド『ステーレン』しかし、その船出は順風では無いようです。続きをご覧くだい。」
産業会館のホールに長机が規則的に、しかし会議や公演とは事なる並びに据え付けられていた。それは役割の異なる二派が向き合うような構成。立ち、歩き、眺める客層と、長机に座り迎える売り手層。歩む客層は皆同じ冊子を持っており、その表紙には「広島こみパ」と記されていた。
『数ヶ月後、幾つかの試作品を作った山木は「広島こみパ」に参加していた。「ステーレン」の、初の大舞台。』
両隣は手作りの冊子…同人誌や、アクリルスタンドを頒布するサークル。星、冠、ハート…流れ行く客層は時折物珍しげにステーレンの作品を見、説明を聞き、そして去っていく。
『パワーストーンアクセサリーは客の興味を引いた、だがそれを手に取り身につける者は、居なかった。』
『プロジェクトK!(けーい、けーい、けーい)』
スタジオにカメラが戻り、女性アナウンサーは招きの手を横に伸ばした。
「それでは本日のゲスト、『宝石の山木、ステーレン』責任者でデザイナーの山木りつこさんです。こんばんは、りつこさん」
ゲートから姿を見せた女性は、女性アナウンサーと男性アナウンサーに会釈してゲスト用のソファに腰掛けた。
「まさか、まさか一つも売れなかったとは、ショックではありませんでしたか?」
そう男性アナウンサーに話題を振られたが、りつこは静かに首を振った。
「いえ、値段設定が高めという自覚はあったので、残念ですが一応想定内でした。」
背後の大スクリーンに静止画像が映し出された。他のスペースの値段表示札がつらつらと流れていく。概ね千円前後の値段設定、それに対しステーレンの値はその2倍強程に設定されていた。
「娘からは『東京のイベントなら売れたかもね』と慰められてしまいました。」
苦笑する女性を他所に、女性アナウンサーにカメラが向き、アナウンサーはゲストからカメラへと目線を変えた。
「ステーレンの試行錯誤の日々が続きます。」
宝飾店店内の映像、りつこが作業台で型を作り続けていた。大きさは一センチと少し、蝋の像は新たな姿を得ていく。
『パワーストーンでキャラクターを示す、一方でシルバーのワンポイントで作品との繋がりを示す。作り上げたのは錨、ホールス型の錨、それは呉を代表する軍艦を意味する飾り。新たな飾りは、呉を訪れる船舶関係者に向けた、錨だった。』
完成したアクセサリーが店外向けショウケースの中で輝きを放っていた。本通りを行く乗用車の窓が光を返し、銀の表面はアクセサリーごとに異なる光を返し、表面仕上げがそれぞれ異なる事を示していた。
(ぽこん)
通知音が響き、カメラは作業台の隅に置かれたりつこのセルフォンへとスポットを当てた。待機中の黒い画面が、時折光を灯し何某かのイベントが起きた事を示していた。
『「艦船ファン向け、錨を備えたパワーストーンアクセサリーがフルオーダーで作れる」と、あるアカウントのツイッチャーでの紹介だった。』
『プロジェクトK!(けーい、けーい、けーい)』
スタジオに画像が戻る、女性アナウンサー驚愕した表情でりつこへ言葉を向けた。
「SNSの力で知名度を得ていったのですね。」
その声にりつこは頷く。
「はい、近くの時計屋さんがそういった活動に力を入れていて『艦船ファンの人、こんなサービスがあるよー』と、宣伝していた中でステーレンが紹介されました。その日から…少しずつパワーストーンアクセサリーを求めるお客さんが増えてきました。」
再現映像の中に戻る。「宝石の山木」の中、ショウケースカウンターに腰掛けて、パワーストーンの色定めを行う顧客、セルフォンに映し出されたキャラクターのイラストと照らし合わせて、彼にとっての正解を模索する姿を映す。
だが、シルバーのワンポイントを選ぶ段で客は首を傾げ、衣類を爪で弾いていた。
『錨型のワンポイントを使いたい、だが引っ掛かりが少し気になる。確かに、その通りだ。』
顧客の後ろに青くて四角い姿があった、顧客の後頭部に身が触れんばかりの距離で、いつの間にか呉氏がひらひらと手を振っていた。顧客が選んでいた錨型のワンポイントアクセサリーと、どこからか取り出したのか、自身のセルフォンを、何度も何度もくっつくけて見せた。呉氏とショウケースに挟まれて、男性は窮屈そうにしていた。
再現映像内のりつこが手を叩いた、その場でメモ帳にイメージを描く、白い紙面の中に生まれたのは、錨を内包した楕円形…オーバル型のアクセサリーだった。
『客が求めるものには可能な限り応える。完全オリジナルデザインにも対応する。それがステーレンのスタイル、だった。』
『プロジェクトK!(けーい、けーい、けーい)』
カメラはりつこが手にしたトレイをアップで映していた。星、冠、ハート、錨に加えて、桜、馬蹄、操舵輪のシルバーアクセサリー達。背後の画面では顧客それぞれの好みで作ったアクセサリーの写真が、スライドショウとして流していく。
女性アナウンサーは感無量といった表情で、りつことステーレンの作品達に目線を送った。
「パワーストーンの選択もお客さん一人一人のオリジナルですし、そこに添えるアクセサリーも特別製。本当に、『世界で一つ』のアクセサリーを作り続ける。他所ではできない「ステーレンのスタイル」が決まった訳ですね。」
その女性アナウンサーの声に、りつこは笑顔を返しつつも小さく被りを振った。
「決まった、という訳ではないんです。みなさんが育ててくださってこの形に。元々、大好きなキャラクター『推し』を想い、作ったアクセサリーを身につけてもらいたい!そしてそれを身に付けることによって、少し楽しい気分で毎日を過ごしてもらえたら、と始めました。ですので、みなさんの希望で変化していくのも素敵だと思っています。これからも楽しみです。」
山木の言葉に、音楽が重なっていく。
(♪話(わ)を紡ぐ人もなく 荒れ狂う波の中へ♪)
(♪混ざり散らばる潮の名は 忘れられても♪)
(♪ 左舷灯(レッドライト) 右舷灯(グリーンライト) 旅はまだ終わらない♪ )
スタッフロールが流れる中、呉の景色が白黒のスライドショーとして映し出された。秋、呉鎮守府開庁祭ステージで踊る呉氏と防衛関係者。街を歩く広報担当、橙色の衣装を纏う姿は花のよう。その手首にはパワーストーンのアクセサリーが青く光を放つ、呉氏カラーのブレスレット。
(♪引き波はさざなみと 流る時の中へ消え♪)
(♪讃える鬨は 海神のために響いても♪)
(♪ 左舷灯(レッドライト) 右舷灯(グリーンライト) 旅はまだ終わらない♪ )
(♪ 左舷灯(レッドライト) 右舷灯(グリーンライト) 旅はまだ終わらない♪ )
店にはパワーストーンアクセサリーを求める客の姿が入れ替わり立ち替わり、影の動きが時間の流れを示し、何人も続く様が描かれていく。銀の使用に懸念を示した従業員も、笑顔で応対していた。重なるようにツイッチャーの呟きの映像が重なり、風に舞うように飛ぶ。それぞれの顧客のオーダーで作った「たったひとつ」の作品。それらがネットの海に流れていく。
(♪右舷(みぎげん)を照らすのは 水平線の果ての夢♪
(♪左舷(ひだりげん)を照らすのは 暁の夢♪)
(♪ 左舷灯(レッドライト) 右舷灯(グリーンライト) 旅はまだ終わらない♪ )
(♪ 左舷灯(レッドライト) 右舷灯(グリーン
ライト) 旅はまだ終わらない♪ )
本通り沿い、宝石の山木の外向きのショウウィンドウ「ステーレン」のコーナー。操舵輪を模ったネックレスが、本通りを行く人々を見つめるように、乗用車の振動で微かに揺れていた。
『それは街角に輝く、波間の星だった。』
(♪ 左舷灯(レッドライト) 右舷灯(グリーンライト) 旅はまだ終わらない♪ )
(♪ 左舷灯(レッドライト) 右舷灯(グリーンライト) 旅はまだ終わらない♪ )
*
第二夜、了
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