第26話 坂西天文学

 坂西天文学は、ある大学の天文学者・坂西孝三氏によって提唱された天文学。

 坂西天文学では、現在考えられている天文学の理論とはまったく異なる常識と理論によって構成されている。


 坂西氏の理論によれば、宇宙には「暗黒域」と呼ばれる星がいくつも存在しており、そこは光を通さないため、通常の方法ではそこにある星を観測することができないという。また、実際には星ではなく、宇宙に存在する小さな穴のようなもので、そこには空間と時間の歪んだ別の宇宙が存在しているとされている。

 坂西氏によれば、その別の宇宙でも太陽や我々人類と同じような星が存在しているといい、その穴は現在、観測可能な領域だけでも計三十七個確認されれているという。

 また、私たちがいまいる太陽系も巨大な暗黒星のひとつであるが、宇宙における表と裏の隙間にできた影のようなものであるという。現状では影に隠れていられるが、もしも光が当たるようなことがあれば向こう側から観測される可能性があると警鐘を鳴らしている。


 このような暗黒域の観測には、特殊なレンズと計算が必要になるといい、坂西天文学では観測のためのレンズの作り方や計算方法も記されている。しかし坂西氏の提唱する観測方法では再現性が無いとされていて、現在、坂西天文学は正式な天文学として認められていない。


 そんな坂西氏は1965年に不審死を遂げており、真夏に外を出歩いているところを突如倒れ込んだという。彼は死の直前に奇妙な言葉を残している。

「穴のひとつから奇妙なものが這い出してきている。あんなものはいままで無かった。あれは私の空想の産物なのだろうか。穴を押しのけるほど巨大な……巨大な触手が、レンズを通じて私の脳を貫こうとしている」

 坂西氏の発言は戯言として処理されたものの、検死の際、坂西氏の脳には不審な穴がいくつも開けられていたという。それらは虫がリンゴの中を食い進めるような、あるいは円柱形のものですっぽりと中身を取り出したかのようだった。またその他「複数」の症状と照らし合わせ、奇病として処理されたため、遺族のもとには火葬されて戻ってきた。坂西氏の遺族はこれに抗議したものの、数年後には国と和解が成立している。

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