第3話 消えた登山家
90年代に活躍したフランス人の登山家アラン・ロッシュは、ある山で登山中に消息不明になったとされている。
1973年にフランスのシャモニーで生まれた彼は、幼い頃から雄大な山々に囲まれて育った。両親もまた熱心な登山家であったことが影響し、彼が山への愛着を深めていくのはとうぜんの成り行きだった。若くから地元の山岳クラブに入ると、次第にその頭角を現していった。
彼の人生を一変させたのは23歳の頃。
イタリア隊のエベレスト登頂に外国人として参加し、8000メートル峰の頂上に到達。そのときの光景はいまでも目に焼き付いていると語っている。彼はそれから世界の山々に魅了され、その頂を目指すことになる。
8000メートル峰の山々に挑むかたわら、自然を愛するアランは環境保護活動家としても知られていた。30歳を過ぎる頃には山岳地帯の自然保護活動に積極的に取り組むようになった。いまほど世界的に環境保護活動が積極的でなかった頃からも徐々に顔が知られるようになっていき、エベレストの雪の下で置き去りにされているゴミ――排泄物や死体も含む――などの問題にも取り組んでいた。
一方で、世界一低い山と呼ばれるオーストラリアのウィチプルーフ山にてフル装備で写真を撮るなどジョークにも長けていた。これらも環境チャリティーの一環でもあったという。
32歳になると同じ山岳クラブだった女性と結婚したが、彼の目標はますます高まっていった。
そんな彼が行方不明になったのは35歳の秋。
ある日、妻に「アメリカのボニベリュート山へ行ってくる」と言ったきり行方不明になった。
妻はボニベリュートなどという山は聞いたことがなかった。夫は確かに最高峰だけではなく、他国の知名度の低い山でも出向くことはあった。しかしこのときばかりは、聞いたことさえない山だったのを不審に思った。
「ボニベリュートは最近まで、宗教上の理由で登れなかったらしいんだ。それが近々、登れるようになるらしくてね」
だが、妻が同じ山岳クラブだったといってもまだ十代の頃のこと。最後に登山したのも何年も前のことであり、現在の山については夫のほうが詳しいだろうと思った。そうして奇妙に思いながらも送り出したが、結局、夫を見たのはそれが最後になった。
アメリカに到着した直後から連絡が途絶えた夫を心配し、妻はフランス政府に連絡。そこからアメリカへと連絡が入った。アラン・ロッシュ氏は確かに空港に降りたった記録が残っていたが、そこから先の足取りがまったくつかめなかった。
そもそもボニベリュートなどという地名および山に関してもそんな名前の場所は存在せず、捜索は難航した。単に山の名前を間違えたのではないかという噂さえ出たが、一切の足取りが掴めないのも不可解な話だった。
だれがアラン氏にボニベリュートの事を教えたのかもだれもわからなかった。
これ以降、アラン・ロッシュ氏は「ボニベリュート山に消えた登山家」として一種都市伝説めいた未解決事件となる。
追記しておくと、ボニベリュートという言葉は、とある一部少数部族の言葉に似た言葉で「死神」や「死の恐怖」といった意味の言葉が存在するが、これもあくまで類似しているというだけのもの。
なお、現在も同様にアメリカにボニベリュートという山は存在しない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます