第46話:心に咲く花

 ようやく一通りの手続きが終わり、クロエとエイデンはのんびりと城で一日を過ごすことにした。

 ケラン以外の使用人には休みを取ってもらった。

 誰に対する気兼ねもなく、二人きりで過ごしたいとエイデンが言ってくれたためだ。


「少し庭を散歩するか……」


 二人は久しぶりに中庭に足を踏み入れた。


「これは……ひどいな」


 エイデンの言葉にクロエはふき出した。

 まだ手つかずの中庭は、雑草が自由自在に伸びきって荒れ放題だ。


「ああ、ここが美しい花園だったら、どんなにか心が癒やされたことだろうに」


 嘆くエイデンの手をそっと取る。


「来年は必ず私が美しい庭園に生まれ変わらせますから」


 エイデンは軽く目を見開き、微笑んだ。


「……楽しみだ」

「新しく通いの人が来てくれたので、道の補修は任せられます。私は花を植える作業に専念できますから、そろそろお庭にも手をつけようと思います」


 クロエの脳裏にはもう花園のイメージが広がっている。


「そうか……」


 クロエはエイデンを見上げた。

 出会ってから二週間。

 どんどんエイデンに対する愛しさが増している。


(不思議だな……)


 初めて会ったときから、ずっと惹かれていた。

 辺境の殺風景な寂しい城だったが、ここにいたいと強く願った。

 それはエイデンがいたからに他ならない。

 マデリーンに騙されて城を後にしたとき、強い寂寥感せきりょうかんに襲われた。


(まだ一週間くらいしかいない場所だったのに、とても郷愁に駆られた……)


 それは故郷である村を追い出されたときには、わかなかった感情だ。

 18年間育った場所だが、戻りたいとは微塵みじんも思わない。


(故郷って場所じゃない。人のそばにあるんだ……)


「どうした、クロエ」


 黙り込んでしまったクロエを心配げに見つめている。


「私、どこにも行きたくありません」

「クロエ……」

「あなたのそばにいたい。願いはそれだけなんです」


 ふっとエイデンが微笑む。


「おまえがいなくなって初めて痛感したよ。おまえは俺の半身のようなものなんだと」

「半身……?」

「そう。もう、俺の体の一部のようになってしまっている。だから、マデリーンだけが戻ってきたとき、胸が引き裂かれるように痛んだ。おまえがもう城に帰りたくないなどと言うはずはない。マデリーンの嘘だと頭ではわかっているのに、喉がカラカラになるほど動揺した」

「エイデン様……」


 エイデンが空をあおぎ見る。

 羽ばたたく鳥が数羽、視界を横切っていく。


「他の生贄の娘たちが次々とこの城を去っていっても、何とも思わなかったのに……。おまえがいなくなると考えただけで、まるで世界から火が消えたように感じた」


 エイデンがすっとひざまずいた。


「クロエ、改めて結婚を申し込む。俺のそばにいてくれ」

「は、はい……」


 突然の求婚に動揺しながらも、クロエはうなずいた。


「本当にか? 絶対だぞ?」


 念押ししてくるエイデンが、まるで子どものようで笑ってしまう。


(あ……これ)


 胸にわき上がる感情に覚えがあった。


(今、胸の中に花が咲いたわ……)


 枯れ果てていた大地に水が染みこみ花を咲かせるように、エイデンから注がれた愛情が今、クロエの中で花開いた。

 胸いっぱいに花があふれていき、こぼれ落ちそうになる。

 エイデンを愛していると、強く感じる。


「この庭も来年には花であふれかえるのだろうな」


 エイデンがぽつりと呟いた。


「おまえは本当に見事に花を咲かせるから」


 クロエは思わず笑ってしまった。


「エイデン様も花を咲かせるのが上手ですよ」

「え? 俺が?」


 怪訝けげんそうに首を傾げるエイデンに、どうやってこの気持ちを伝えようかクロエは幸せな気分で考えた。

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辺境伯の花嫁 ~生贄として嫁いだら、王子に溺愛されました~ 佐倉ロゼ @rosesakura

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