第44話:救出

 獣の声に怯えて体をすくませたクロエは、古びたナタを手に取った。

 非力な自分が武器を手に取ったところで戦えるわけもないが、クロエはお守りのようにナタを胸元に抱えた。


(エイデン様――!!)


 ギャイン!

 獣の悲鳴のような声が聞こえ、錠前を外す音がした。


「クロエ!!」


 ドアが勢いよく開き、エイデンが飛び込んでくる。


「エ、エイデン様!!」

「もう大丈夫だ!」


 エイデンが手にした長剣を放り出し、クロエに手を伸ばす。

 息もできず、クロエは抱きすくめられた。


「ど、どうしてここが……!」


 クロエを腕に抱くと、エイデンが大きく息を吐いた。


「マデリーンに案内させた」

「マデリーンに?」


 彼女が素直に言うことを聞いたとは思えない。

 何があったのだろう。


「ひどい目に遭ったな。怪我はないか?」


 何度も何度も存在を確かめるかのように、エイデンが髪を撫でる。


「はい、大丈夫です」

「ほんとか? あっ、手首にすり傷があるじゃないか!」


 大げさに騒ぐエイデンをクロエは微笑ましく見つめた。


「本当でしたね……」

「何がだ?」

「戻らなかったら、探しにいくって言っていたでしょう?」


 エイデンがふっと唇をほころばせた。


「ああ、地の果てまでも探しにいくつもりだった。思ったより近くでよかったよ」


 エイデンがポケットに手をやる。


「クロエ、手を出せ」

「……? はい」

「おまえの指輪だ」


 エイデンは取り出した王家の指輪をクロエの薬指にはめる。


「すいません、奪い取られてしまって……」

「やはりそうか」


 エイデンが微笑む。


「おまえが指輪をつけていないと知ってぞっとしたよ。マデリーンが居場所を吐くまで、どんな手段にでも出るつもりだったが、存外早くを上げた」


 エイデンの顔に浮かぶ凄絶な笑みが、彼の覚悟を雄弁に語っていた。

 暴挙に出たとはいえ、お嬢様育ちのマデリーンがかなうわけがない。


「マデリーンは?」

「縛り上げて馬車の中に入れてある。ケランが見張ってくれている」

「ケランが……」

「あいつ、おまえがさらわれたと聞いて泡を食っていた。馬車をすごい勢いで飛ばすもんだから、横転しないかひやひやしたよ」


 エイデンが苦笑する。

 どうやら馬車で来てくれたらしい。


「心配しているから、元気な姿を見せてやってくれ」

「はい!」


 二人は小屋の外に出た。


「きゃっ!!」


 小屋の外には大きな獣が血を流して倒れていた。


「狼のようだ。小屋を狙っていたから倒した」

「た、倒したって……」

「俺にもそれくらいの芸当はできる」


 穏やかな王子という印象の強いエイデンだが、そのじつ腕はたつようだ。


「す、すごいですね、エイデン様。剣を使えるのですか?」

「当たり前だ。王子なら誰でも使える。子どもの頃から、近衛隊長にみっちりしごかれるからな。弓も槍も使えるぞ」


 少し自慢げなエイデンの口調がおかしくて、クロエは口が緩むのを感じた。

 暗い森の中にいても、エイデンがそばにいると不思議と怖くない。


「こっちだ、クロエ」


 暗い地面に、小さな明かりが点々とついている。


「あれは……?」

「発光石だ。ああやって暗闇で光るから、道標みちしるべにと置いてきた」

「すごいですね……!」

「王都では簡単に手に入る」

「……私の村付近の町では見たことがありません。ノースフェルドではどうでしょう? あれを売れば喜ばれると思いますが……」

「さっそく町の発展に貢献する気か、クロエ。いいぞ、おまえが仕入れて売るか?」

「いいんですか!?」

「ああ、また王都に行こう」


 エイデンが楽しげにクロエの髪を撫でる。

 発光石のおかげで二人は迷うことなく馬車道に出た。


「クロエ!!」


 腕組みをして馬車のそばに立っていたケランが駆け寄ってくる。


「ケラン!!」


 ケランが飛びつくようにして、クロエを抱きしめてくる。

 クロエの体に回された手は、かすかに震えていた。


「クロエ……無事でよかった!」


 ケランからこんなにはっきりと愛情表現されたのは初めてだった。

 まるで本当の家族のように感じ、目に涙がにじむ。


「うん……来てくれてありがとう……」

「コホン。ケラン、そろそろクロエを離してくれ」


 ヤキモチを焼いたらしいエイデンが咳払いをした。


「嫌ですよ」


 ケランが素っ気なく言い放つ。


「は?」

「はいはい、そんな怖い顔しないでくださいよ。大人なのに」

「おまえとは三歳くらいしか違わないだろ!」


 相手が王子だというのに物怖ものおじしないケランがおかしくて、クロエはつい笑ってしまった。


「あ――」


 じゃれていたエイデンとケランがクロエを見る。


「笑った」

「笑ったな」


 二人がほっとしたように微笑むのを見て、クロエはまた涙がこぼれそうになるのを感じた。


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