第8話:新生活の始まり
クロエは朝目覚めると、すぐさま古びたカーテンを開け放った。
朝陽が目に飛び込んできて、クロエは目を細めた。
「いい天気!」
窓を開けると爽やかな朝の空気が流れ込んでくる。
城の奥に見えるのは、淡い緑の丘だ。
昨日は灰色に見えたが、晴れると爽やかな淡い緑色の草原だとわかる。
クロエは
「あっ……咲いている!」
村から唯一持ってきた鉢植えが、綺麗なピンク色の花を咲かせていた。
「おはよう……私たち、生き延びたね」
花に微笑みかけると、クロエは朝の
「まずは……エイデン様に挨拶をしなくちゃ!」
顔を洗い、クローゼットを開ける。
鉢植えしか持ってこなかったクロエだったが、部屋には服や物が
(きっと他の娘たちのために買い揃えてあげたんだろうな……)
おかげで寝間着にも普段着にも
クローゼットに吊された服の中から、自分の瞳と同じ若草色のワンピースを選ぶ。
昨日の夜は広い部屋で一人心細くなったが、隣にエイデンがいると思うだけで安心できた。
(勇気を出して、隣の部屋にしてもらってよかった!)
黒い髪を結い、きちんと身支度を
「おはようございます、エイデン様」
ノックをしてみたが返事はない。
(もう起きたのかしら?)
足音に振り向くと、昨日の門番の男の子がむすっとした表情で歩いてきた。
「あ、おはようございます。あの、エイデン様は……」
「まだ寝てますよ。朝が苦手な方でね。そろそろ起こそうかと」
「あ、あの、私、クロエといいます。このお城に住むことになりました。よろしくお願いします」
「俺はケラン。よろしく」
ケランはにこりともしなかったが、不機嫌でないのはなんとなく伝わってきた。
ただ無愛想なだけのようだ。
ケランがドンドンと強くドアを叩いた。
「エイデン様! 起きてください!」
二人して耳を澄ませたが、何の返事も気配もない。
「ああ、もう! 俺は馬の世話があるんで、エイデン様を起こして食堂に連れていってくれないか? 食事はもう用意してあるから!」
「あ、あの……」
クロエの返事を待たず、ケランが駆け足で去っていく。
人が少ないので多忙なようだ。
「そ、そんな、どうしよう……」
クロエはおろおろとノックを繰り返したが、一向に起きてくる気配がない。
こんなにも大きな音を立てて呼んでいるにもかかわらず、まったく反応がないことに不安が
(ご病気か何かで起き上がれないのかも……!)
クロエは思い切ってドアを開けることにした。
男性の寝室に勝手に入るなど、はしたないことこの上ないが背に腹は変えられない。
(しかも相手は王族……不敬だと怒られるかもしれないけど……)
「エイデン様! 部屋に入ります!」
腹の底から声を出すと、決意が固まった。
クロエはおそるおそるドアを開けた。
カーテンがしまったままの薄暗い部屋が広がる。
クロエは奥に置かれた
「エイデン様……?」
ベッドの上で、エイデンが横向きに寝転んでいた。
すうすうと健やかな寝息が聞こえ、クロエはほっとした。
ただ眠っているだけのようだ。
「あの、エイデン様……起きてください」
手を伸ばせば触れられるほど近くで声をかけているのに、エイデンはまったく反応しない。
エイデンの金色の髪は乱れて顔にかかってしまっている。
思わず手でどけてしまいそうになり、クロエは思いとどまった。
(ダメダメ、触っちゃダメ)
慌てて手を引っ込め、クロエはカーテンを開けてみることにした。
眩しい朝陽がベッドを照らす。
「エイデン様! 起きてください!」
「ん……っ」
肩を揺らせ、エイデンがようやく起き上がった。
「きゃあああああ!!」
ふぁさっとシーツが落ち、エイデンのむきだしの上半身が目に飛び込んできた。
滑らかな肌が目に飛び込んでくる。
陶器のような美しい肌だったが、左胸にうっすら傷のような跡があったのが目に焼き付いた。
見とれてしまったクロエは慌てて目をそらせた。
(あれは怪我の跡かしら……?)
「ふああ、朝か。ケラン、おはよう」
慌てるクロエの様子に気づかず、大きく伸びをしながらエイデンが呑気にあくびをする。
「あの、私です」
「へ?」
寝ぼけていたらしいエイデンがハッとしたようにクロエを見た。
「あ、ああ、クロエか! あれっ、寝間着はどこに……」
眠っているときに自然と脱いでしまっていたらしい。
エイデンが慌ててシーツを引っ張って寝間着を探す。
「すいません! あの、ケランに頼まれて私が起こしに……その、食堂でお待ちしています!」
これ以上とてもそばにはいられず、クロエは部屋から飛び出た。
「はあ……」
廊下に出ると、クロエは大きく息を吐いた。
無防備なエイデンの姿を思い出すだけで、心臓が早鐘のように打つ。
(可愛かったな寝顔……それに……綺麗な体だった……)
想像以上に鍛え上げられた体で、騎士と言っても通用しそうだ。
王子という優雅なイメージを
(落ち着かなきゃ……)
パシパシと軽く頬を叩き、クロエは気持ちを切り替えた。
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