第6話:クロエの行く末

 同じように生贄いけにえとして辺境にやってきた娘たちは皆、王都へ行ったという。

 なぜそういう行動を取ったのか、クロエは知りたくてたまらなかった。


「先に来た娘たちも似たりよったりだった。無理矢理連れてこられ、悲痛な表情で部屋に入り、私を見て驚愕し、事情を聞いて更に驚く。ここまではわかるな?」

「はい」


 先程さきほどの自分のような娘を、エイデンは何度も繰り返し見たことになる。


「自由にしていい、村に帰るなら送る、と言っても、みんな一様に戸惑っていた。そして、全員が帰らないと言い切った」

「……わかります」


 どういう選別がされたのか知るよしもないが、結局は生贄として送られたのだ。

 故郷や家族から見捨てられたという絶望、悔しさ、無念さが痛いほどわかる。

 おいそれと帰る気にはならないだろう。


「理由は色々だったが、皆、故郷に絶望していた。もう家族の顔を見たくない、と言った娘もいた。自分から生贄に名乗りを上げたという娘はいきどおりはしていなかったが、村に帰ると殺される、と言っていた」

「……」


 悲しい話だが、過去にそういう事例があったと聞いている。

 辺境伯の元から必死で逃げ帰った生贄の娘を、村人たちが殺してしまったのだ。

 もちろん、領主の報復を恐れての所業だった。

 エイデンが不快げに眉をひそめる。


「ひどい話だ。そんな場所に帰る必要はないが、行き場がないと困っていたから王都で暮らせるように私が手配した」

「え?」

「新しい名前を与え、王都で暮らす権利をもらってきた。住む場所と仕事も用意したから、五人とも問題なく暮らしている」

「新しい人生を歩んでいる、ということですか」

「ああ、そうだ」


 ぱっと目の前が開けた気がした。

 自由だと言われても、クロエも元の村に戻る気にはなれなかった。

 そもそも、本当の家族ではなかったのだ。


 居場所がない、何のあてもない。

 だが、多くの人が集まる王都なら、住まいと仕事ももらえるなら――一人でやっていけそうな気がする。


「素晴らしいです」


 クロエは心の底から感激していた。


「何がだ?」

「行き場のない娘たちに生きる希望と手立てをあなたは与えた。尊敬します」


 クロエの率直な褒め言葉にエイデンが微笑んだ。


「ありがたい言葉だが、王族として当たり前の責務だ。そもそも、カーターを放置していたせいなのだからな。おまえたちは犠牲者で、むくいるべきだ。書類の申請もすんなり通ったよ」


 淡々と話すエイデンを、クロエは熱を込めた目で見つめた。


(こんなすごい人が存在しているなんて……!)


 王族という特権階級にいながら、あぐらをかくことなく平民をおもんぱかれる。

 犠牲者に手厚い保護を与える温情と、速やかに実行できる有能さが両立している。


「クロエはどうだ? 何か希望があるか?」

「……!」


 突然尋ねられ、クロエは自分が何の展望ももたないことに気づいた。

 エイデンはすぐにそのことを察したようだ。


「返事は急がなくてもいいぞ。他の娘たちもしばらくここで暮らして、気持ちを切り替えてから出て行った。さいわい、広い城だ。部屋ならいくらでもある」

「私――」


 薄青の瞳が興味深そうに自分を見つめる。


「なんだ。遠慮なく言ってみろ」


 広い世界のことを何も知らない。もう、家族もいない。

 でも、今は不安など何もなかった。

 目の前の、この美しい青年のおかげで。


「私、あなたのそばにいたいです」

「え?」


 虚を突かれたように、エイデンがぽかんと口を開けた。


「エイデン様のような素晴らしい方と一緒にいたいです」


 この城に来てから――正確にはあの部屋に入ってから、ずっと心が温かく穏やかだった。

 村にいたときからずっと心が冷えてきしんでいたことに気づかされてしまった。

 こんな平穏が続いてほしい。

 疲弊ひへいしきった心が出した答えだった。

 思い詰めたように見つめるクロエに、エイデンはうなずいた。


「そうか。一人ではまだ不安かもしれないな。さっきも言ったように、この城でゆっくり休息をとり、英気をやしないたいのであれば歓迎する」

「ここにいてもいいですか?」

「もちろんだ。すぐに部屋を用意させる」

「あの、エイデン様のお部屋の近くがいいです」


 エイデンが驚いたように少し目を見開いたが、すぐに首肯しゅこうする。


「そうだな。この城は寂しい。人が近くにいる方が安心だろう。私の部屋の隣がいているから、そこを私室にするといい」

「はい!」


 クロエは元気よく答えた。

 エイデンのそばにいられると考えただけで、わくわくする気持ちが抑えられなかった。

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