誰も私に気が付いてくれないけれど、気が付いてくれたあなたと本当の出会いから物語を始めます!!

武 頼庵(藤谷 K介)

え!? 私の事見えてるの!?



 どうして私がずっとから動けずにいるのか、どのくらいの時間が経っているのかなど分からないまま、今日も私は同じところに立って私の前を通り過ぎていく人波を見続けている――。


「あら? 今日もあの人見かけるわね……」

 どうしてその人の事が気になるのか分からないけど、私の前を通り過ぎる一人の男性の事だけがはっきり視界に入り、通り過ぎて姿が見えなくなるまでじっと見続けるのが最近の私だ。



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 たぶん私の格好を見る限り、社会人としてしっかりと働いていたような恰好をしている。上下がお仕事用にしつらえられた紺色のスーツ姿だし、脚にはハイヒール。肩から下げるバッグは大学の卒業記念にお母さんに買ってもらった、あまり目立たない色をしたバッグ。

 

 ちょっと見た目は地味だけど、社会人一年目とすればあまり目立つのも良くないからと、社会の先輩であるお母さんの実感のこもったありがたい言葉通りに、私は出来る限り周囲に溶け込めるような――いや、周囲からも目立たないような恰好を心がけている。


 だからなのか、私がここに立つようになってからも、誰からも声をかけてもらった事など無いし、誰も私の事など気にしていない。


――ちょっとだけ寂しい気がするけど、都会ってこんなものだよね……。

 ちょっと胸の奥がチクリと痛むけど、出来る限り前向きに考える。


――でも、ちょっと気になるのよね……。まるで私が居ない様な感じで、周囲の人達も通り過ぎていくんだけど……。どうしてなんだろう?

 考えようとするけど、結局は何も答えが見つからず、その場を後にする。


――まぁいいか!! 今日もあの男性ひとに会えたし!!

 通勤する時に会うようになった男性。向こうは私の事など全く気にした素振りが無いから、その視線の中――ううん、きっとあの男性の世界の中――には、私自体が気にするような存在名はなっていないのだろう。


 そう考えると再び胸の奥がチクリとうずく。



 気を取り直してスッと前を向き、いつの間にか立ち止っていたので、再び前に進もうとあしを出す――事が出来なかった。


――え? あれ? どうして!?

 早く出社しなくちゃと思うのだけど、立ち止った場所から一歩も前に進むことができない。それどころか足を先に出すこともできず心だけが焦る。


 足が出なければどうにかして先に進むしかないと、ちょっと下がって勢いをつければ進めるのではないか――なんて考えて、数歩だけ戻って小走りにそこをめがけて進みだす。


ドン!!

どて。

「あ痛ったぁ~!!」

 何かにぶつかった感覚が全身を襲い、勢いそのままに押し戻されるような恰好で、尻もちをついた。


――どういう事!?

 痛みが残るお尻をさすりながら、私は顔を上げて前を向く。しかし進もうとしている場所からはまったく進んでおらず、それどころか転んだ表紙にちょっとだけ押し戻されたかのように、元の立っていた場所にいた。


 どうして同じ場所に戻されるのか分からず混乱する。


「もう!! どうなってるの? 全く進めないなんておかしいよ!! お尻は痛い……し?」

 押し戻された事、更に元の場所に戻ってしまった事も不思議であった。でもそれと同じくらいに不思議な事に気が付いてしまったのだ。


「お尻……痛くない……? あれ? どうして……?」

 転んだのだから、ぶつけているはずなのにどこも痛く感じない。それどころか服装にも汚れている形跡自体が無い。


「もう!! 急いでるのに!!」

 私は頭に来て、どうにか先に進んでやる!! と、気合を入れ何度かに進もうとするけど、何度挑んでもそこから動くことができず、結局は最初に立っていた場所まで戻って、立ち尽くす事しかできず、私の前を忙しそうに出勤して行く人たちを見つめる事しかできなかった。


 そのまま時間だけが過ぎ、ビルの隙間を夕日が沈んでいくと、町に夜の帳が降り始める。


 私の前を今度は帰宅するために通る人と、これから町へ繰り出す人達が通り過ぎていく。その人の波をぼぉ~っと見つめていると、その波の中にあの男性を見つけた。


「あ!! あの人は……」

 その男性を見つけた事で、今の状態をどうにかしてもらえるのではないか? という期待をしてしまう。でもあの男性は私の事など視界に入ってないとばかりに目の前を何も言わず通り過ぎていく。


「あ……もう……行っちゃった……」

 結局は声をかける勇気も無くて、男性に助けを求める事が出来なかった私は、肩を落としその場へと腰を下ろした。


――どうなってるのよ……。私ってどうしちゃったの?

 沈んでいく気持ち。

 でも何もできない自分にも失望し始めていた。



 男性に声をかけようとしては失敗し、その度に虚無感を感じる事数日。私はあの場所から動けずにいた。

今日こそは!! と気合を入れてみても結局は空振りし、まったく進展がない。ううん、ちょっとだけだけど自分なりに進展は有った。勇気を出して声を掛けることが出来たのだ。とても小さな声しか出せなかったけど……。だけど大事な一歩を踏み出す事が出来たので、今度こそは!! と気合を入れる。


 どうにかしてあの男性に声を掛けなきゃと思っていたけど、ふと私は気が付いた。


――あれ? 別に助けてもらえるのなら、あの男性じゃなくてもいいんじゃない?

 そんな簡単で単純な事にようやく気が付き、その日以来誰彼構わず、それこそ老若男女なんて一切気にすることなく、片っ端から声を掛ける。


 

 でも、誰も私の声に反応してくれる人はいなかった。


 

 諦めた気持ちが私の中で、闇色となって押し寄せて来た。

 何をしても誰に何かを訴えても、誰も私の事など気にしない。

 まるで私が存在しない様に、私の事を素通りして行く。


――存在……してない様に……?

 自分で考えたことではっとした。


――まさか……まさかまさかまさか……。


 色々な可能性が頭の中をぐるぐると巡る。同時に何かを忘れているような気がするのだ。頭を抱え込んで考えこんでいると、私の横をスッと数人の人影が通り過ぎた。

この人たちに声を掛けよう!! そうだきっと考え過ぎよ!!

 自分の感情を聞いてもらおうと、声を掛けるためにその人たちが通り過ぎた背中に向けて声を掛けようと立ち上がる。


「ちょっと待ってくだ……さい……」

 

 振り向いた私が見たのは、歩道の脇に花束と飲み物、お菓子などを供えて手を合わせる男女三人の後ろ姿。

 

桜香はるか……どうして……』

『こんなところで……くそ!!』

『山吹さん……どうか安らかに……』


「え? え!? 真由美まゆみ? 英俊ひでとし? 友奈ゆうな? どうして3人がこんなところで……。え? 今なんて言ったの? 安らかにって言った!?」

 そこで見たのは涙を流しつつ、一本の桜の樹の下でお供え物に懸命に祈りを捧げている大学生時代からの友達達。


『ごっめん……ね……』

『待ってろ!! 必ず犯人は見つけてやるからな!!』

『私も……絶対に探し出す……』


――あ……。

 そして三人の後ろ姿を見ていて、歩道横を通り過ぎていく車のヘッドライトが三人を照らし出した瞬間に、私は私に起きた事を思いだした……。




 希望通りの会社へ就職が決まり初出勤を終えた次の日、大学生時代とは違って知らない人達の多い会社の研修を終えて、心身共にへとへとになりつつ帰路へ繋がる歩道を歩いていると、後ろから突然自動車のクラクションが近づいて来た。

 

 うるさいなと思いつつも、そのまま歩いていたら、周囲の人達がざわざわしだして、「逃げろ!!」「危ないぞ!!」 という声が上がる。

 クラクションの音が私の近くまで差し迫ってきたと思い、顔を上げ振り向いた瞬間、私の目の前には眩しいくらいの光がゆっくりと向かってきているのが見えた。


 辺りには悲鳴や怒号が飛び交う中、私の記憶は飛んだ。





――私は山吹桜香やまぶきはるか……。

私はあの時死んじゃったんだ……。




 現実に気が付いた時、私はもう生きて無いんだと悟った。









それからはそこからどうにかして動こうなんて思う気力もなく、ただただ朝も夜も人波が流れていく姿を何も考える事無く見ていた。


あんなに気になっていた男性も、私の目の前を通るけど声を掛けるなんて気も起きず、じっとその姿を見ているだけ。


――どうせ声を掛けても聞こえるはずない……。彼だけじゃない……。ここに来てくれる大事な友達にだって聞こえないんだもん……。

 あの友達三人は定期的に来てお花などを供えていってくれる。何度か声を掛けてはみたけど、誰一人として反応してはくれなかった。




 そうしてその日も人並みに目を向け、静かに立っているだけのはずだった。


――あれ……は? 

 いつも見ていた男性の姿を眼にして、ふと目をそらそうと思ったのだけど、いつもと違いその男性の隣にぴったりと寄り添うように歩く女性を目撃する。


――そっか……彼女さん居たんだ……。でも私にはもう関係ない……。

 男性がこちらに向かってくると、その姿がだんだん鮮明になって来る。幸せそうな二人を見るのも嫌だなと思い、視線を外そうとしたのだけど、近づいて来る二人にちょっとした違和感がある。


 男性がしきりに女性の絡んでいる腕を剥がそうとしているし、眉間にはとても深いしわが寄っている。遠くでは何かを話しているのは分かったけど、近寄って来るとどうやら女性に対してちょっときつい言葉を男性が向けているのが分かった。


『いい加減放してくれないかな?』

『えぇ~どうしてぇ? いいじゃない別にぃ』

『こんな所を誰かに見られたくないんだ』

『彼女さんですかぁ? 腕を組むくらい許してくれますよぉ』

『彼女はいない。居ないけど、見られたくない人もいるんだよ』

 そんな二人の会話が聞こえて来た。女性の方は男性にとても甘ったるい声を出して迫っているけど、男性の方は嫌がっているみたい。


 そのまま二人が私の前を通り過ぎようとした時、不意に二人が私の方へと顔を向けた。女性は男性を見ているままだが、男性が女性の顔から自分の顔をそむけた感じで。


「え?」


『ん!?』

『え? なぁに? 何かあったのぉ?』

 男性が少しびっくりした様な声を出したけど、女性の方は全く気にした素振りもない。


――あの女性ひと!!

 あまり記憶は残ってないけれど、私はあの女性の顔を見たことがある。

、そう私の記憶が無くなる前に、光の向こう側で笑っていた女性と同じ顔。


――この人が私を!!

 怒りが湧いて来る。しかし今の自分にはどうすることもできない。去っていく二人の背中を見ていると、私の視界がぼんやりしてくる。同時に一筋の悲しみの涙が頬を伝って落ちた。



 

 どうにかしたいと考えても何もできないまま時間だけが過ぎていく。

 毎日同じだけの時間が過ぎていくのだけど、綺麗な桜並木であった歩道は、青々とした若芽が芽吹き始めたと思ったら、私の前を通り過ぎていく人たちの服装が次第に薄手のモノに変わり、風が強くなってきたなと思えば茶色になった葉が落ちて、じゅうたんを敷き詰めたような風景となって、歩いていく人たちの域が白くなりやがて冬が訪れた。



――どうしようもないのかな? もう今の私じゃ何もできないのかな……。

 季節が巡るのに、私には何もできないという虚無感しかない。



 ただちょっとだけ変わった事もある。

 あの男性が、あの女性と共に何度か私の前を通りすぎていったのだけど、その何度かのうちに数度、男性が私の居る方へと視線を向けてくることがある。


 本当にただの偶然だとは思うのだけど、心の片隅でちょっとだけ何かが起こって欲しいとも願ってしまっている自分がいる。





 そしてまた今年も暖かく、少し甘酸っぱいような匂いを乗せた風が吹き始めると、私が居る場所では桜の花が満開になった。



――あぁ……もうそんなに時間が経ったんだ……。

 目の前に怒る変化でようやく時の流れを感じていると、スーツ姿の男性が私から少し離れた所に立っているのに気が付いた。


「あら? こんにちは。……なんて聞こえるはずないよね……」

 自分で言ってちょっと気が滅入って来る。


 しかし目の前の男性は私の方をジッと見つめたまま立っていた。暫くその場で立っていたのだけど、チラリと私の立っている足元へと視線を向けて、少しだけ悲しそうな顔をした後にその場を去って行った。



 そんな事が有った数日後、再び彼が私の目の前に現れた。そして私の近くまで来るとそのまま足元へと花束などをお供えして行く。


 今年の春は暖かった日が多く、桜の花はもう散り始めている。春の匂いと共に優しく通り抜ける風が散り始めた桜の花を巻き上げていく。


 暫く手を合わせ、何かを考えている素振りをするとやがて立ち上がった。

 ちょうどその時、男性の後ろを通り過ぎる人と彼がぶつかる。背中から押された男性が体勢を崩し倒れ掛かった。


「危ない!!」

 私は咄嗟に手を差し出した。咄嗟だったのは彼も同じ様で、彼の手が私の差し出した手を通り過ぎる瞬間――。


バチッ!!

「痛った!!」

『痛ってぇ!! 何だ今の?』

 差し出した手を二人とも咄嗟に引いた。まるで静電気が走ったような感じがしたのだ。



『え……?』

 痛みがあるわけがない私が不思議に思っていると、男性が戸惑ったような声を出す。私はその声につられて彼の方へと視線を向けた。



『君……は?』

「え? なに?」

『まさか君は……』

「誰に言ってるんです?」

 彼が驚いた顔のまま、両手を私の方へとゆっくりと向ける。




『君は……山吹桜香さん……ですよね?』

「え? え? え?」

『違い……ますか?』

「もしかして……私の事が……?」

『えぇ。しっかりと……』


 彼は私の方へニコリと笑顔を向ける。


『やっぱり気のせいじゃなかった……』

「え?」


『実は以前ここを通りかかった時に――』



 柔らかい風が桜の花びらを吸い込みながら、ゆっくりと暖かく私の体のを流れていく。



 

 誰にも聞こえるはずの無い私の『声』。

 彼は――平松孝弘ひらまつたかひろと名乗ってくれた――あの時しっかりと聞いていたのだ。


 その瞬間から、私の運命が変わった。



 ううんきっと、私達二人の運命が変わったんだと思う。




※あとがき※

 お読み頂いた皆様に感謝を!!

 

 物語冒頭のようなお話しですよね。(^▽^;)

 そうなんです……。ちゃんとしっかりこの『続き』は有るんですけど、連載にしようか短編にしようか迷った挙句、とりま短編にて『冒頭』だけの公開としました。


 先を公開するかはまだ検討中です。(^▽^;)

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誰も私に気が付いてくれないけれど、気が付いてくれたあなたと本当の出会いから物語を始めます!! 武 頼庵(藤谷 K介) @bu-laian

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