第五話

 甚助じんすけの部屋は、まるで嵐が過ぎ去った後のようだった。

 教科書や参考書が散らばり、ノートやプリントが無造作に積み上げられていた。受験が終わったままの状態だからだ。

 どうして? 分かるか。

 答えは、簡単。

 壁に受験日と書かれ、赤く丸で囲んだままのカレンダー。

 気になることは。ベッドの上に、角折れドッグイアされた料理本が広げられていること。


「ふぅ。しかし、強かったな」

 と、呟きながら、散らかった部屋を見渡した。

 言葉には込められていた――勝利の。


 勉強机に備え付けられている椅子に座りながら。


しかりべくも、彼らの退散は君の勝利を示すものなり。彼らも君の剛勇を知りて、えてのがれんとは、心得こころえたりけり』


 静かに応えた声には。あの戦いを一部始終、視ていた確信に満ち、それでいて深い慈愛をたたえていた。


「ぅおい。受験勉強のトラウマが蘇ってきたぞ! 千刀せんとう一刀いっとう。普通に話せ。見ろ、手が震えて、る」

『あの男から剣術と呪術。そして私を授けられた男だ、な』

「せんせ……ぃ……。じゃなく、クソ野郎から剣術と呪術は、学んだが。千刀一刀、おまえは無理やり渡された、だけ。勘違いするな!」

『ヵんちがぃ。そうだな勘違いだ。私は……』

「だーぁーあー! 拾ったからには、最後まで面倒を見るに決まっているだろ――この捨て刀!!」

『…………感謝する』

「前前から思っていたんだが。先生がおまえを手放したの? その陰気な性格、に、問題、が、あったんじゃ、ねぇー」

『……いんき……』

「ほら、先生って楽天家だからさ。俺もだけど」

『ほぉー。うっとうしい、と』

「うっとうしい、ちゃー。うっとうしぃー。……ぁーぇー」


 甚助の、目に飛び込んできた光景――は。

 無数の人斬り包丁が浮かび、揺らいでいた。部屋の照明効果相まってなのか? 鋭い刃がより鋭く光を反射させていた。

 雰囲気から察した、甚助は椅子から少し腰を浮かした。

 包丁たちはじっと見つめていた。

 甚助にとって人斬り包丁たちが無数に浮いているぐらい、何も恐れることはない。包丁たちは本来、よき理解者なのだから。

 そう。……ほ、ん、ら、い、は…………刃先が自分に向けられていなければ。


『机の上に開いたままの参考書を今すぐ閉じて、本棚にきちんと並べなさい! シャーペンは、ペン立てに戻す! 床に散らばっている過去問のプリントも片付けてなさい! だいたいですねぇーえー!! エナジードリンクの空き缶も、ですが。勉強の合間に食べていたお菓子の袋もゴミ箱に捨てたままとは、なにごとです! 虫が――読みかけの小説――――ほったらかしのゲーム機――――――』

「ご、ごめんって。へや、部屋の、片付けしますからぁーあー!」

(天下五剣を凌駕する、一振でありながら。先生が手放したのも分かるわ。相性悪すぎ。俺でこれだもん)

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