第19話 黒頭はその手を汚さない③
今や亡者同然の体で、意識を失くした襲撃者、
「ちょ、ちょう待ったって!それ以上やったら死んでまうで!」
背後から呼び止める声。腕の力を緩めず、
「いやー、かんにんかんにん。まちがえてもた」
朗らかな。殺伐とした命と命の獲り合いが行われていた樹海の闇に相応しからぬ声が響いた。
「まさか舟に妖怪御一行さまが載ってるやなんて思わへんやろ」
「止めや止めやと合図してんけどな。こっちは」
「いやぁ、怒涛の勢いとは
あけすけも無く
「こりゃあかんなと。儂、腹ぁくくってあんたの前に顔を出したってわけ」
へぇ。と感心したように男は目を丸く見開いた。細い顎を指で擦りながら、あからさまに
「おや、殴らないんやね?」
懐からごそごそと何やら取り出した。長細い筒状の物を手にとり、
「ままま、立ち話もあれやから。もうすぐお仲間さんもいらっしゃるやろし、座ってあっちで話そ。な。おーい。
小柄な男の呼び声間もなく、背後の木の陰から、ぬっと一組の男女が現れた。一見して、
また隣の女は、黙って控えているのが不思議に思えるほど狂の相を持っていた。飢餓に陥った野獣の如く呼気が荒く、視線の焦点が狂っている。
二人に共通する、否、二人が二人ともに異邦の独特な雰囲気を持っていた。恐らくあちらにそのつもりが無ければ言語による意志疎通すら不可能であろう。
二人に軽く指示を投げると、小柄な男は毛筆を馴れた手付きで躍らせた。空間に何か描くように筆を遊ばせる。墨汁が幾らか飛び散ったかと思うと、みるみる漆黒の机と椅子が組み上がっていった。男は椅子に腰掛けると、筒状の物をくるくる掌の中で転がし、薄い皮を伸ばして拡げた。
「なー、これ。解るかな」
「なんだこりゃ」
薄い皮の上には黒い墨で絵が描いてある。歪に描かれた動物か何か。よく判らない。
「これはな。【地図】っていってな。この地上の事を天上から見て描いたもんなんや。ほら、今いる場所はこの島」
「はぁ?」
男が指さしたものは、皮の上で小さく横たわる蛹のような形をしていた。
「なんだと。じゃあ、ここの、これは何だ?この上のでかいのは?」
「そう!それ!」
男は嬉しそうに手を叩いた。
「
そう遠くない距離から自分の名を呼ぶ声が反響していた。
「あぁ」
男は、意識を呼び起こすように
「そういえば〜言い忘れとったな。儂らは【
「商人ってなんだ?」
「なんやそっからかい。物々交換って解るか?」
呆れながらも嬉しそうに男が応える。
「例えばあんたが欲しい物を儂らが持っておるとする。あんたは同じくらい価値のある物を儂らにあげて交換する。暴力で奪うんとちゃうで。平和的に交換するんや」
「お前の持ってる筆が便利そうだな」
「あかんあかん、これは儂にしか扱えんわ。でな、交換するにしても儂らに要らんもん持ってこられてもお互いに困るわけやろ」
ふむ、と
「そこで
差し出された男の掌に桃色の小さな貝がらが数枚乗っていた。
「これが貨幣や!」
「え、いらねぇよ。こんなもん。なんだこれ」
かぁぁっ、と男は喉を鳴らした。
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