【第一章・第十五話】二人の営み



「いいえ、お師匠様。それは、違います」



 大切なものを、素直に、大切にする。



「お師匠様が、過去にどんな罪を犯していたとしても」



 そういったお師匠様の性格をわたしは知っていて、それでも、その丁寧さを気遣いだと履き違えてしまうことがある。当然だ。他人のことは、どれだけ親密な関係を築こうとも、全てを理解することは出来ない。



「貴女が、わたしを救ってくれたということに違いはありません」



 だからこそ、確かめる。言葉にする。応える。知る。そういう営みを、お師匠様とわたしは何度も繰り返してきた。互いを知り合うことは、時々、煩わしいと感じることもあるけれど、だからこそ、喜ばしいことでもあった。



「生きとし生けるものは皆、愛を欲し、願う権利がある。それを教えてくれたのは、他でもない、お師匠様でしょう?」



 だから、どうか。


 どうか、お願いだから。



「他でもないお師匠様自身が、その権利を取り上げてしまわないでください」



 それでも、罪を償わなければならないというのなら、わたしも共に償おう。この命は、お師匠様によって救われたものであるから。わたしは、お師匠様に救われてしまったのだから。



「相手のための優しさではなく、自分に誠実だから、お師匠様は声にならない言葉まで聴こうとするのではないでしょうか?」



 そして、わたしにはそれが、とても純粋なもののように見える。



「……そうか」



 長々と紡いだわたしの言葉を聞いていたお師匠様の目は、なにやら深い悲しみに満ちていた。いつもは透き通っているその瞳を僅かに翳らせたお師匠様は、ふと立ち上がる。



「今日は、もう眠ろうか。おやすみ、ティア」


「はい。おやすみなさい、お師匠様」



 わたしの部屋の扉から出ていき、少ししてから、遠くの方でまた扉の閉める音が聞こえてきた。


 わたしはゆったりとした動作で、部屋の照明を落とす。


 向こうの部屋で、お師匠様はなにを思っているのだろう。そう考えて、すぐにやめる。全てを分かることなんて、そんなことできやしないのだ。歩み寄れても、分かち合えても、一生同じ存在になることなんてできない。


 それでも共に過ごしたいうちは、寂しさも恐ろしさも少しずつ抱えながら、時々、そのことを明かして、夜を眠る。


 迎える朝が、少しでも多くなるように。


 何度も祈りたくなるのは、きっとお師匠様も同じなのだろう。

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