【第一章・第十話】幸せになる権利
『素敵な皇子様ね。ティアのこと、信じてくれてる。なのに、貴方は嘘ばっかり』
『わたくしたちのことも見捨てて、皇子様の優しさを利用して、お父様もお母様も、集落の人達も、みーんなの死体踏みつけて、幸せになるのね』
目の前の彼女がそう言うと同時に、ガクンと足から力が抜けた。小刻みな身ぶるいが絶えず、足のほうから頭へと波動のように伝わる。床は冷たくはなく、かといって暖かいわけでもない。
視線の低くなった私を見下ろす彼女の目は、前髪によってできた影で仄暗い。普段はあんなにも優しい笑顔が、今は月のように美しく弧を描いている。
『____ああ、本当に酷いな、ティア』
心の芯まで凍ってしまうほどの冷徹さを含み、嫌悪を顕にした声。振り返れば、そこには暗闇の中で僅かに灯る、憎悪と侮蔑に輝いた目の光があった。
『俺に、そんなこと隠してたのか。信じてたのに、ずっと裏切ってたんだな』
ちがう、ちがう、裏切ってなんかない。
私は、私はずっと、殿下のことを……!
『愛してたのに。利用したのか?最低だな』
やめて、ください。愛してただなんて、そんな……。
聞きたくない。耳を塞いでも、大好きな声がわたしを責め立ててやまない。
『ティア。これ、見ろよ』
見なければいいのに、体が勝手に従って顔を上げた。ヒュッと、引き攣った音が喉から零れる。
右肩から大量の血を流し、真っ赤に染まった彼が、そこにいた。
『酷い怪我だろ? お前がやったんだ。ああ、痛い。痛くてたまらねえんだ。……全部、お前のせいなんだからな』
苦痛に歪む端正な顔。
紛れもなく、私のせいで苦しめた。私が、彼を傷つけたのか。
守ると誓った人を?愛してくれた人を?
「ああ。___本当に」
幸せになる権利なんて、私にはないじゃないか。
そもそも、そんな価値などないけれど。
意識が朧げになっていく。暗くなる視界に映ったのは、こちらを見下ろす冷たい銀色だった。
「…ィ……!…ティア……!」
暗闇からわたしを引き上げる力強い声に、戻ってきたのだなと思った。
目が覚めた瞬間、視界に入ってきた長い白銀の髪に安堵する。
ああ。やはり、わたしよりもお師匠様の方が、似合っている。
泣きそうな表情でこちらを見つめるお師匠様は、必死にわたしの名を呼んでいた。
「お師匠、さま……?」
「目が覚めたのか、ティア!本当に……本当に、すまなかった」
安心させるようにそう呼び返せば、息が止まるほど強く抱きしめられる。
「お師匠様、わたしは大丈夫です。……それより、いったい何が起きたのですか?」
何度も何度もこちらへ謝罪を繰り返すお師匠様を前に、なんだか居た堪れない気持ちになった。魔力操作の訓練中にわたしが飛ばされた、謎の空間。あの場所は、いったいなんだったのだろう。
「あのとき、私はティアに自分の魔力を流しただろう?異なる魔力を同調させる場合、極稀にどちらかの記憶がもう一方に流れ込んでしまうことがあるんだ。だから、恐らく___」
そこまで言うと、お師匠様はぐっと痛みを堪えるかのような顔をし、口を開いた。
「____私の記憶が、ティアに流れ込んでしまったのだろう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます