【第一章・第八話】白い世界と柘榴の少女
やる気がみなぎった返事をし、真面目に取り組むわたしだったが___、
「……え?」
割れる。
「ちょっ……なんでですか!?」
魔力が風船に穴が開いたかのように噴き出す。
「お師匠様、いったいどうすれば……きゃっ!?」
終いには、破裂した。見事な失敗ぶりである。
「ティアは、常に魔力を解放してしまう癖があるようだな。その上、本人のイメージと放出した魔力による効果が違いすぎて上手くいかないのだろう」
上手くできないことに拗ねて、頬を膨らませたわたしの手を、お師匠様がそっと自分の手で包み込むように優しく触れた。
「私の魔力を流してみよう。ティア、力を抜いてくれ」
「は、はい………ひゃっ!?」
その瞬間、身体中に何かがふわりと巡り、目が眩むような光に辺りが包まれた。
あまりの眩しさに目を瞑れば、身体が軽く浮くような感覚。
「ティア!?」
刹那、まともに立っていられないほどの頭痛を覚え、頭が真っ白に染まる。
徐々に遠ざかっていく意識の中、微かに怯えを含んだお師匠様の声が耳に残った。
目が覚めると、辺りは真っ白な世界に包まれていた。
見渡す限り、どこもかしこも白で満たされていて、前も後ろも、右も左も分からない状況は酷く不気味だ。しかし、わたしの心臓はいつも通り、一定のリズムを保って生を促していた。
____ここは、いったいどこなのだろう。ただ白い部屋なのか、それとも夢か。
空間を把握するために、わたしは目の前に手を伸ばす。手には何かを押す感覚もなく、簡単に肘がピンと伸びた。白はわたしの指を、腕を避けて型取る。
今度は腕を横に伸ばした。半円を描くように動かしても、白が腕に纏わりつくことはない。一歩、左へ歩を進めても、何かにぶつかる気配はなく、スムーズに位置を変えることができた。
もしかしたらここは、わたしが思っているよりもずっと広い空間なのかもしれない。だとしたら、ここはやはり夢なのだろう。腕を下ろして、わたしは歩き出した。右、左、右、左……。バランスが崩れないように交互に足を出す。
何処へ向かっているのか分からない。何が目的なのか分からない。いつかは覚める夢だが、その『いつか』がいつ訪れるのかも分からない。
その上、わたしが今、本当に歩けているかすらも分からない。何もかも分からないことばかりで、じわり、じわりと焦りや不安がわたしの心を蝕んでいった。
しかしわたしは、『不安』や『焦り』を怖いと思わなかった。寧ろ、慣れていると、そう思った。わたしには、その理由が少しだけ理解できる気がした。
本当に従うだけが正しいことなのか、自分がやりたいことは何なのか。そんな不安と、心が取り残されて成長していく焦り。まさに、『空白』と形容するに相応しい。
物語をなぞるように、まるで先頭まで戻って、わたし自身の人生を見つめ返しながら白の世界を歩き続けた。
「ティア!」
どこか聞き覚えのある声に、わたしは後ろを振り向く。
そこにあったのは、白銀の髪を後ろに流した一人の女性の姿。
「ああ、ここにいらっしゃったのですね、お師匠さ……ま……?」
その異変に気が付いたのは、わたしが見慣れたその姿にどことなく安堵の声を洩らし、傍に駆け寄ろうとしたときだった。
その女性……いや、もはや少女と呼ぶべきだろうか。彼女の身長はわたしよりも随分と低く、とても幼い顔立ちをしていた。そして、さっきは気が付かなかったが、お師匠様の髪は肩までぐらいの長さしかない。
「見て見て!この絵、とっても上手に描けてるでしょう?」
そう言って、お師匠様は大きなキャンバスを抱えてこちらに見せてくる。とても嬉しそうに笑うから、わたしは素直に頷いた。本当に、素敵な絵だと思ったから。
「こっちがお父様で、こっちがお母様。これがわたくしね、それで、これがティア!」
家族全員が笑っているその絵画は、幼い子供が描いた絵らしい、拙いものだったけれど、暖かくて、幸せに溢れていた。
お師匠様の絵は初めて見たけれど、こんなにも想いが込められた絵を描けるのか。
「ティア」
お師匠様とは別の声が、わたしの名前を呼んだ。
気が付くと、あの白い世界は消え、綺麗に手入れされた庭園に囲まれていた。
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