【第一章・第五話】亜麻色のお客様
亜麻色の髪を一つに束ねた女性は、お師匠様の勧めた椅子に遠慮がちに座っている。
『望んだものが必ず置いてある店』なんて、そんな夢のような店が本当に存在するのか、実際にこの店に来るまでとても不安だったのだろう。緊張はしているが、お師匠様の雰囲気に呑まれながらも、その丁寧な対応に少し安堵したような表情をしている。
彼女が着ているドレスは、ミセリア地区で目立たないためなのか、かなり控えめで地味なデザインだが、生地は遠目にも良いものだと分かる。社交界には顔を出したことのない、なにかしら理由があって出られないご令嬢、といったところだろうか。
店の灯りが照らす琥珀色の光でも分かるほど、異常なほどに白い肌だ。病気か、もしくはこの店を頼るほどの深刻な悩みがあるのか。日常的に外へ出る体力はなく、あまり陽の下を歩いていないのだろう。
外から人の気配がする。おそらく、彼女の護衛が着いて来ているのだろう。それほどの悩みを抱えている彼女が勇気を出してこの店に来たのに、その悩みをただ居合わせただけのわたしが聞いていいはずがない。
一階の二人に声が聞こえないように、わたしは小さく詠唱を呟いて防音壁を張った。こちらの音ではなく、あちらの音を遮断するものだ。
認識阻害魔法をあれほど軽々と使いこなすお師匠様はきっと、わたしが防音壁を張ったことに気付いているのだろう。けれど、お師匠様は特に何も反応も示さず、そのまま彼女と向き合うようにカウンターへ座る。
そしてお師匠様は、客人の求めるものを探るためにそっと口を開いた。
「今夜は、久方ぶりに月のない部屋で寝られます」
ふいにそんな言葉が聞こえて、漂っていた文字の海から意識を浮上させた。
手すりの隙間からそっと下を窺うと、なにやら小さなものを大切そうに胸に抱いた彼女が、深々と頭を下げて店を出るところだった。それを無言で見送って、店にある壁時計に目をやる。彼女の来店からおよそ一時間が経っていた。
彼女の護衛は、やはり外で待機していたらしい。きちんと外まで彼女を見送ったお師匠様が軽く会釈をしている。そのまま音もなく閉まったドアに、お師匠様がふっと息をついたのがわかった。ぐう、と伸びるのに合わせてかすかに関節の鳴る音が聞こえる。
いつの間にか、わたしが掛けていたはずの防音壁は解除されてしまっていたらしい。いや、もしかしたら解除したのはお師匠様かもしれない。ぐる、と首を回したお師匠様が、伸びをしながらこちらを見上げた。視線が合ったことに少しだけ目を見張って、ふっと眉を下げる。
「すまない。思いの外、時間がかかってしまった」
「いえ、認識阻害を掛けてくださったのは助かりました。……ところで」
「先程の口上は、規則のようなものだ。『この店に存在しないものはない、だが、この店にはなにも存在しない』と。あのお客様は、全て知った上で来たみたいだな」
「だから、『主は、何を以って其れを真か偽か見做す?』なのですね」
「ああ、そういうことだ」
相変わらず音を立てずに階段を上ったお師匠様が、わたしの目の前に立った。やや逆光になっているせいで表情が読みにくい。眩しさに少しだけ目を細めたら、そう思っていたのが分かったのか綺麗な動きですとんと膝をついた。
お師匠様は机に置いた腕へ顎を乗せた。そんな子供のような仕草に反して、まっすぐにこちらを見つめる瞳は、どうしてか切ないような光を浮かべていた。
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