16 最終報告会
「なるほど、対抗はニナか」
ベッドの端に座って行儀悪くもお茶を飲みながら行ういつもの二人きりの報告会でヤンは軽く驚いていた。選挙管理委員会の下で役員選挙が行われるために執行部はノータッチで、いわゆる生徒会長の、四つ葉会会長のヤンも立候補者のことは知らなかったらしい。
「レイの誘いは断って正々堂々選ばれたいわけだ」
レイフ会長、ニナ副会長、という本来の展開から外れ、ニナは副会長ではなく書記への立候補となっていた。書記の席をマリアンと争うことになる。今回のニナらしい展開になった。
イレギュラーな展開だとしてもそれはまあいいとして。
「それで僕はマリアンの応援演説をしなければならなくなったのですが、そういうのはできれば事前に言ってほしかったです」
あらかじめ原稿が有るのかと思えばガチで自分で作成しなければならず。マリアンが自分の都合の良いように書いてくれるのかと思えばそれもなかった。
「それなあ、俺も知らなかったんだよ。本来
ヤンが渋い顔をして答えた。やっぱりこれもイレギュラー展開なのか。
しかしそれでもニナが落選するとは考えにくい。だってこのルートの主人公だ。レイフとそろって壇上に立つシーンがエンディングだろう。
「やっぱりマリアンは負けますかね」
僕の腰巾着で、僕が応援となればイメージ悪そうだ。
「どうだろうな。こうなるとエンディングも変わってくるかもしれない。今のニナならどっちに転がっても感動的なエンディングへ持っていけそうだな」
ヤンですら読めない展開って、大丈夫なのだろうか。ニナが笑って終われるエンドならいいってことなのだろうか。
「そういえばニナの対抗の子、覚えがあるな。ピアノが上手くて、以前ウチのピアノを弾きに来たことがあるような」
ピアノ? ヤンの家に? 話が違うところへ転がった。
「マグヌソン家のピアノって由緒あるものなのですか?」
家に弾きに来るって。
「らしい。俺は近づいたことも触ったこともないから価値はわからないが、たまに弾き手を呼んでコンサートを開いてるからな」
家でコンサート……。僕が訊いてもきっと何も理解できないだろうからと訊かなかったがヤンの家ってものすごい(何がどうなのかわからないけど)家なのだろう。
じゃあマリアンがヤンに嫁げばいい感じじゃないか。来たことがあるのなら身分的にも問題ないだろうし、ヤンの両親にだって会ってるわけだし。なんで意地の悪いカーリンなんだ。
「マグヌソンの家に呼んでよらえるような人なんだったら余計マリアンに恥をかかさないよう、僕も応援演説を頑張るしかないですね」
婚約者というのならヤンにも恥をかかせられない。
二日ほど悩んで原稿を書き上げたけど、ますます僕が出ない方がいい気もするが。ピアノ繋がりなんかで案外マリアンに投票してくれる人は多いのかもしれない。
「カーリンは別に誰彼喧嘩を売ってたわけじゃないから気にすることはない。それより、選挙は演説会場で即投票即開票、ものの十分ほどで結果が出る。四つ葉会新体制発表の場で今回のルートのエンドマークだ」
つまり、そこで僕は退場ってことで。
マリアンの当落も大事だけど僕のその先も大事だ。
僕は姿勢を正した。
「僕は選挙会場で消えるのですか?」
エンドマークがついた途端に霧のように。
「まさか。ちゃんと見送るよ、俺が」
そう言えば葵はどうなるんだろう。一緒に帰るのかな。結局、殺されるとか物騒なことはなかったけど。
「葵は帰り方を知ってるからほっといても大丈夫だ」
僕の顔を読んだのか訊く前にヤンは答えてくれた。
「そうなんですね」
「あいつもなあ、あれで案外不器用な奴だからな」
葵のことをよく知ってるんだという口振りにムッとしないことはないけど、やっぱり僕は葵のことを知らないんだと思ったりで。これまで葵が不器用だななんて感じたことはない。
殺されはしなかったけど、ここでは葵とは兄弟として一言も話してない。帰ったところで僕がこれまで通りに接したとしても、葵には無視される可能性がある。
毎日顔を合わせる中、僕は耐えられるだろうか。でもそれが僕の罰かもしれない。何も思いやれなかった弟への。
「葵のことは俺には深入りできないが、お前はここへ来て思うことがあったんだろう? きっと葵も同じだろうよ」
僕は葵の兄貴だ。絶対嫌いになんてならない。葵の幸せを一番に願ってる。僕はその後でいい。
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