第29話 おもちゃ

 リナリオンを一瞥する。

 感情をさらけ出し、涙を流しながらも、思い通りに事が進んでいることに微笑んでいた。


「さあ、やりなさい!! サマチアのギルドメンバーたち!!」


 ルナクの指示を受け、キューネたちがスキルを発動する。


 透明になるマーレ、氷系魔法を放とうとするドラゴリオン、それを強化するキューネ。


「ちっ」


 マーレの気配を警戒しながら、放出された氷塊を回避する。

 さらに自身を強化したキューネの猛攻を退けていく。


「くくく、味方には手出しできないようですねえ!!」


 無視だ。

 それにしても驚いた。

 キューネたち、結構強いな。


 操り人形になったことで変な意識が消えて、無駄な動きや恐怖心が消えている。

 特に厄介なのはマーレだ。足音も、殺気も、集中しないと感じ取れない。

 マーレばかりに気を取られるとキューネに、最悪の場合威力の高いドラゴリオンの魔法攻撃で仕留められるわけだ。


「だからなんだ、って感じだが」


 まずキューネの後頭部に触れる。

 吹雪攻撃を回避して、ドラゴリオンに接近し、同じように触れる。


 あとはマーレの気配を察知し、ビンタして足止めしたあと後頭部の真経穴を押した。


 3人の動きが止まる。

 ルナクの顔がこわばった。


「な、なにが……!?」


「単純な話しさ。攻撃対象が見えなきゃどうしようもない。……一時的に視力を奪った」


「なるほど、真経穴ですか」


「あんたのスキルには明確な弱点がある。……あんた自身は弱いってことだ」


 近づいて終わりにしてやる。


「くくく」


「なにがおかしい」


「あなたの真経穴にも、明確な弱点がありますよねえ」


「……」


「触れなきゃ意味がない」


 確かにそうだ。

 リナリオンに調べさせて分析したのだろうが、いまさらなにをするつもりだ、こいつ。


「一歩でも動くんじゃありませんよお!! あなたが少しでも僕に近づけば……そいつらを自害させます」


「どこまでもお前は……」


「自害ならあ? 君が見えなくても問題ないですからねえ!!」


 このクソ野郎が。


「そして、こんなこともあろうかと、僕にはナイフがある。これでも、投げナイフには自信があるんですよ」


 そう言って、ルナクが懐からナイフを取り出した。

 どうするか。オーガの力を解放して、超高速で間合いを詰めるか。

 しかし、向こうの反射速度が高ければ、容赦なくキューネたちを自殺させるだろう。


 瞬間、リナリオンがルナクに問うた。


「ルナク様、ほ、本当に自害させるんですか?」


「当たり前でしょう」


「で、ですよね、ははは」


 なに笑ってるんだか。

 お前の父親だろうに。


「リナリオン、お前、どうしてよりによってルナクなんかに懐いてる」


「ルナク様だけが私に優しくしてくれた。それに、ルナク様は私もマスターギルドに入れると言ってくれたもん。私は、お父さんとは違う。ママのためにも、出世しまくるんだから!!」


「あいつがお前に優しいのは、お前を利用するためだ。だいたい、仮にあいつがマスターギルドに入ったからって、お前まで入れるわけないだろう」


「そ、そんなわけ……ルナク様……」


 否定してほしいと懇願するように、ルナクを見やった。


「えぇ、もちろんですよリナ」


「ルナク様……っ!!」


「もちろん……あなたも立派な、僕の『道具』ですよ」


「へ……」


「ムウを倒したらあなたは用済み。父を失った家で大好きな母親と貧しく暮らすといいでしょう」


「そ、そんな……。い、一緒にマスターギルド入るって……」


「入れるわけないでしょう、あなたみたいなガキが。あぁ、僕のギルドに入ろうとするのも嫌ですよ? 家出した少女なんて、預かりたくないですし」


 だから言わんこっちゃない。

 リナリオンがガクガクと震えだす。


「親子共々、実にバカで惨めですねえ。この様子じゃ、母親の知能も乏しいのでしょう」


「くっ!!」


 良い機会だ、ルナクに続けて、こっちもリナリオンを叱責する。

 あいつに言ってやりたいことが山ほどあるんだ。


「ドラゴリオンさんはともかく、確かにお前は愚かだよ」


「う、うぅ……」


「ドラゴリオンさんは、そりゃ完璧な父親じゃなかったろうさ。けど、あの人がいたから街は平和だったんだ。普通の人にはできない仕事をするのがギルド、そのギルドでも誰もやらないような地味な仕事をしていたのが、ドラゴリオンさんなんだ」


「……」


「バカにされても、報酬が少なくても、あの人は、じっと堪えてやってきた。誰よりも責任感が強かったから。ギルドのために、街のために」


「でも!! 私は家にいてほしかった!! 街のことなんかより、私とママの幸せだけを考えてほしかったの!!」


「恨むべきは父親じゃなくて、不器用な父親を追い詰めた環境だろ。そのワガママのせいで、お前はいま、実の父親と、大好きなお母さんに辛い思いをさせている。お前が嫌っている父親。ドラゴリオンさんが、お前を悲しませたように」


「わ、私は……」


「どうするんだリナリオン。このままルナクの好きなようにさせたら、すべてが終わるよ。もう取り戻せなくなる。望んだ幸せも、いまある小さな幸せも、ぜんぶ!!」


 リナリオンの目が泳ぐ。

 怒り、憎しみ、悲しみ、焦燥、迷い。

 あらゆる負の感情が渦巻いて、答えがでないでいるのだろう。


「本当は、遊んでほしいんでしょ? ドラゴリオンさんにさ」


「っ!!」


 ルナクがナイフを握り直す。


「お喋りは終わりですよ!! 無様に死ねえ!! ムウ!!」


「ちっ」


 投げられたナイフを反射的に、弾く。

 こうなっては仕方ない。オーガの力を解放し、一気に距離を縮める。


「くっ!! 良いんですか? ムウくん」


 その瞬間、


「スキル発動!! モンスター召喚!!」


 リナリオンが召喚した3匹のゴブリンが、キューネたちを押し倒して抑えつけた。

 身動きを封じたのだ!!


「よくやった、リナリオン!!」


「パ、パパが死んだらママが悲しむから……」


「うん、それでもいいさ。さて」


 これで正真正銘、残りは虫ケラだけだ。

 リナリオンの裏切りに、ルナクが腰を抜かす。


「う、く……卑怯な、一対一の勝負でしょう!!」


「へ? こっちはハナっから一匹狼だけど? リナリオンはそっちのメンバーだろ?」


「お、おいお前たち!!」


 ルナクが待機させていた仲間を呼ぶ。

 させるかよ。


「今度はこっちが脅す番だ。部下共、なにか変なことをすれば、その瞬間にお前たちのリーダーを殺すぞ」


 部下たちは脅しに屈指、硬直した。

 ルナクの顔がどんどん青くなっていく。


「ま、待ってください。仕切り直しましょう。お互いに誰も使わず、正真正銘の一対一で戦いましょうよ。これじゃ決闘とは呼べません」


「なにをいまさら。それと、あんた一つ勘違いしてるよ」


「へ?」


「決闘の勝敗なんかどうでもいいんだ。自分はただ、あんたを徹底的に痛めつけたいだけ」


「あ……あぁ……!!」


「卑怯な手を使えば勝てると思っていたんだろうが……真経穴を舐めるなよ」


「ご、ごめんなさい!! い、一旦冷静になってください!!」


「んじゃあ、さっそく『おもちゃ』になってもらおうか」


「ま、待って!! 待ってええ!!」


 ルナクの腹を殴る。

 頬を殴る。

 指の骨を折る。

 脇腹の骨を折る。


 真経穴はまだ押さない。

 単純な、けれど強烈な痛みだけを与えていく。


 こいつの体のあらゆる部位を、物理的に破壊していく。


 あーあ、ルナクのやつ、鼻血だけじゃなくて涙まで流してるよ。


「た、助けて……ください……。あ、謝り……ますから……」


「ふふふ、殴ると叫ぶ愉快な『おもちゃ』になれたね、ルナク」


「た……たしゅけ……て……」


「そうだ、あの真経穴試してみるか」


 腹の中心と、胸の中心、額の中心、頭のてっぺんのツボを押す。

 最後に耳の裏を押しながら、命令を下す。


 『心体糸繰り』と呼ばれる真経穴で、意志が弱い者を操ることができるようになる。

 こいつみたいに下劣で醜悪なイキリ野郎なら、問題なく効くだろう。


「お前はこれから、常に笑顔で下半身を露出し、見せびらかさずにはいられない人間になれ」


「ひぃ!!」


「あと、殴られたりバカにされても笑顔で感謝するんだよ?」


「しょ、しょんな〜」


「一生みんなの笑い者。いいね、永遠に『おもちゃ』になれるじゃん」


「い、いやだああああ!!!!」


 耳の裏の真経穴を離し、命令完了。

 ルナクはすぐさま服を脱ぎ、自分の部下たちに下半身を見せびらかしはじめた。


「えへ、えへへ、みんな見て下さーい!! 負け犬クズ男の肛門でーす!! えへへへ!!」


 これには部下たちもドン引きしている。


「いままで散々人の人生で笑ってきたんだ。今度はお前が笑われる人生を送れよ」


「はーい!! おしりふりふり〜!! あは、あは、あはははは!!!!」


 さて、あとは親子の問題だけだな。

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