第8話 マーレの秘密
※あとがき
後半から三人称です。
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夕方、キューネとドラゴリオンは依頼達成を報告しにサマチアの街に戻った。
自分といえば、先に地元の村に帰っちゃったけど。
「……あ」
やば、管理書を返すの忘れてた。
うげぇ、まだ懐に入ってるよ。くそ、先にドラゴリオンに渡してからゴーレム退治に行けばよかった。
はぁ、スキルが欲しい。
時間を巻き戻すスキルが欲しい。
悔しがりながらキューネの家の農場を横切ると、
「またか」
背後に気配を感じた。
「マーレ、いい加減しつこいよ」
紫色の髪と目をした少女が、また姿を現した。
先ほどと同じように、ナイフを握っている。
「う、うぅ……」
あ、走り出した。
追いかけて、腕を掴む。
今度は逃さない。
「聞かせてもらうよ、殺そうとしている理由を」
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村外れにある丸太小屋の家に連れ込む。
叔父はいなかった。出かけているのだろう。
「さて」
「あの、ごめんなさい……」
「ごめんなさいじゃわかんないよ」
「……いいんですか、家を教えて」
「どのみち有名な家だもん。村の医者だから」
「はぁ……」
「ランドに頼まれた? わけないか、あいつはもうマトモに人とコミュニケーション取れないはずだから」
「……」
もじもじと、マーレは身を捩り始めた。
言いたい、けど言い出せない。そんな所作。
「私、奴隷なんです」
「奴隷? 誰の?」
「ギルドメンバーの、ベゲリン」
誰だろう、そいつ。
「私のスキルは便利だからってその人に買われて、良いように働かされてきました」
「で、次はランドの仇を取ってこいって?」
「ランドさんの仇を取りたいかはわかりませんけど、とにかくあなたを殺せって」
「でも君、殺しの経験ないでしょ?」
そんなもの、動きを見ればわかる。
「はい……でも、奴隷の身分である以上、逃げたら指名手配になりますから」
やるしかない。
そう決意したけれど、結局失敗したわけだ。
「や、やっぱり私には無理です!! モンスターを倒すのだって、だいぶ神経削られるのに」
「直接そいつに言えば良いじゃないか」
「言えば殴られます!! 顔だけは打たないですけど、お腹が……」
きっとあざだらけなのだろう。
「もう、耐えきれません。あの人の指示に従うのは。モンスターを退治したり、盗みをするのはまだしも、人を殺すのだけは……。お願いです!! ベゲリンをぶち殺してください!! そしたら私は、自由になれる」
「同情はするけど、それじゃあベゲリンと一緒だよ。自分の手は汚したくないから、他人に殺しを頼むなんてさ」
「……ごめんなさい」
「だいたい、仮にベゲリンを殺したって、別の誰かの奴隷になるのがオチだね」
「そ、そんな!! じゃあ私は、どうしたらいいんですか。こんなギルド、さっさとやめて、静かに暮らしたいだけなのに……」
「マーレには、それが叶うスキルがあるじゃないか。透明になって、逃げて逃げて、別の国まで逃げれば良い」
「できっこないですよ、私、どんくさいし、いくじなしだし……それに……」
涙を流しながら、マーレが告げる。
「ユクイエバ人ですから。他の国は、ユクイエバ人の差別がもっと凄いですし」
「ならこっちから言うことはなにもない。帰ってくれ」
「……はい」
「もし、また殺そうとしてきたら、次は容赦しない」
マーレは下を向いたまま、家から去っていった。
これでベゲリンとやらが諦めるとは考え難い。
居場所を聞き出して先手を打てばよかったかな?
うーん、面倒くさい。
また襲ってきたら返り討ちにすれば良いよ。
だいたい、なんで殺されなくちゃいけないんだ。
先に手を出したのはランドなのに。
「はぁ」
なんだか疲れてきた。
ここ最近、アクティビティになりすぎた。
しばらくはダラダラしよう。惰眠を貪りたい。
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※ここから三人称です。
マーレはフォーの村に帰ると、唇を真っ青にしながら家の扉を開けた。
中には小太りの男、ベゲリンがいて、酒を煽って顔を真っ赤にしていた。
「よう、噂の子供は殺したか?」
答えることなどできない。
真実を言えば怒られる。かと言って嘘をついてもいずれバレる。
しかし沈黙という選択が、無慈悲にもベゲリンに事実を告げるのだった。
「てめぇ!!」
「ひっ!!」
容赦なくマーレの腹を蹴る。
顔は殴らない。顔を醜くすると余計に腹が立って殺してしまいそうになるから。
「殺せって言ったろうがよ!!」
「ごめんなさい!!」
「もうランドはいない。いまあいつを倒したガキを殺せば、俺をバカにしてきたランドの腰巾着共から称賛され、ランドのポジションに立てるんだぞ!!」
「リ、リーダーになりたいだけなら、いまなら……」
「誰もいねえギルドのリーダーになってどうすんだ!! ちったあ頭使えよバカ!!」
もう一度マーレを蹴る。
蹴って、踏みつける。
「だからユクイエバ人はバカなんだよ」
「……」
「なんだその目は。俺に反抗する気か?」
「……いえ」
「いいか、お前は俺の奴隷だ。道具なんだよ。人権も自由もねえ。永遠に俺の下僕だ!! わかったか!?」
「はい」
「ちっ、しょうがねえ。俺も手を貸してやる。お前みたいなグズのバカだけには頼れねえ」
ベゲリンは適当にあった椅子を引くと、乱暴に腰掛けた。
「俺がヤツの気を引く。その隙を突け」
「……はい」
「次はしくじるなよ。たとえ死んでも、ムウを殺せ」
「……あの」
「あ?」
「もし、私が殺したってバレたら、私は……」
「捕まるだろ。けど俺は関係ない。お前が勝手にやったことにする」
マーレの目頭が熱くなった。
奴隷の身分、まして嫌われ者のユクイエバ人が逮捕されたら、確実に死刑だ。
「バレなきゃいいんだよ。いいか、お前の体は、命は、俺のものだ。俺のために使っていればいいんだ」
「……はい」
「復唱しろ」
「私は……私の体と命は……ベゲリン様の道具です」
「くくく、よーし。明日、ガキを殺す。逃げるんじゃねえぞ」
「はい」
「わかったなら俺のメシを用意しやがれ!!」
それからマーレはベゲリンが残した僅かなパンを食べて、床で寝た。
いっそ自死を選ぼうかと思ったが、できなかった。
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※あとがき
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