第6話 デメリットとキューネの決意

 ランドたちを倒したあと、キューネと両親を家まで送り届けた。

 あのクズどもがその後どうなったかは知らないし、興味もない。

 どうせ再起不能だし。


 つい流れで奪ってしまったギルドの管理書は……どうしよう。こっそり返しておこうかな。

 ギルドのリーダーとかなりたくないし。


「ただいまー」


「おう」


 叔父さんが研究室から出てきて、キッチンでお茶を用意しだした。


「ほらよ」


「ありがと」


 机に置かれたコップを手に取ろうとする。

 けど……。


「どうした」


「別に」


「……お前、まさかオーガの力を使ったな?」


「ちょっとだけ」


 手が震えて、コップが持てない。


「どこを何秒だ」


「肉体全部を……15秒くらいかな」


「まったく、お前の華奢で細い体には負担が大きいと言っているだろ」


「毎朝モンスター狩りをやらせているくせに」


「だから仕事以外では使うなってことだ」


「勝手なこと言っちゃって」


「……」


「わかったよ。わかったから睨まないでよ」


 まったく、そのへんのモンスターよりよっぽど怖い眼力をしているよ。

 はぁ、まあ別に、嫌じゃないけどさ、毎朝の仕事は。

 叔父さんには命を救われた恩があるうえに、こうして家と食事を用意してくれているわけだし。


 震える手でコップを取り、ゆっくりお茶を飲む。

 予想した通り、反動で全身筋肉痛だ。

 力も思うように入らないし。


 本当に、つくづくスキルが羨ましい。スキルは超常的な能力を発動するくせに、デメリットなんてまったくないんだから。

 はぁ……もう一度試しに魔晶石を取り込んでみようかな。


 やめとこ、前みたいに拒絶反応でぶっ倒れたら嫌だし。


「あとで横になれ。筋肉をほぐしてやる」


「え」


「なんだ」


「叔父さんのマッサージ、効き目抜群だけど死ぬほど痛いから。少しは気を使って手加減してほしいよ」


「なんでお前に気を使わなきゃならん」


 こ、こいつ……。

 叔父さんはこういう人だ。

 いつかギャフンと言わせてやりたい。






 それから夜が更けて、マッサージを受けたあと……。


「ヘルハウンドの牙を4本、取ってこい。痛風の薬を依頼されたもんでな」


「はいはい。ってなると、山の麓の洞窟か……」


 足の経穴を押す。

 移植されたオーガの筋肉組織、その足の部分だけを覚醒させるのだ。

 これで尋常ない脚力を得た。


 部分だけの覚醒なら、そこまで反動は大きくない。

 制限時間の三〇秒で、山まで着くだろう。


「んじゃ、行ってくるよ」


「あぁ、急げよ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 さっそく山に着いた。

 うん、まだ日は昇っていない。

 さて、ヘルハウンドの住処に向かおうか。


「ムウ」


「ん?」


 振り返ると、キューネが立っていた。

 長かったクリーム色の髪が、肩まで短くなっている。


「キューネ、どうしたの? ていうか、なんでここに?」


「ジェイさんが、この前この時間に山で見たって」


「あぁ」


「ジェイさんから聞いたよ、毎日叔父さんからモンスターを狩るように命令されてるんでしょ?」


 ジェイさんは叔父さんの古い友人で、キューネの親戚である。


「えっと」


「どうかな、髪。短くしたの」


「え、うん。似合っているよ」


「よかった」


「それで……」


「ムウに報告したくて」


「いま?」


「うん……私ね、決めたんだ。ギルドに入る入らない以前に、まずはもっと強くなろうって」


 それだけ、なの?

 別にそれくらいなら、こんな時間じゃなくても良いような。


「だから、これからムウの朝の仕事に付き合うことにしました」


「え!?」


「ダメかな?」


「ダメじゃないけど、危ないよ?」


「でも、危険を避けてばかりじゃ、強くなれないでしょ?」


「まあ」


 ふふふ、とキューネが笑った。

 軽やかで、けれど固い意志が宿った笑みだった。

 眩しいな。やっぱり、良いもんだと思う。夢に向かって努力するって。


「そういえば、ギルドの管理書どうするの?」


「うーん。ギルドなんて興味ないしなー。キューネにあげようか」


「え、いらないよー」


「酒場に行けば、残りのギルドメンバーに会えるかな。溜まり場っぽいし」


「返しに行くの?」


「一緒に行こう。一人で街まで行くのは退屈だから」


「……デート?」


「ち、違うよ。そういうんじゃないって」


「ふふ、珍しく狼狽えてる」


 まったく。別にそういう関係じゃないのに変なこと言うから。

 気を取り直してヘルハウンドを狩りに行こう。そう歩き出したとき、


「ムウ」


「なにさ」


 キューネが、おもむろに抱きついてきた。


「え」


「ムウのこと、もっと好きになったよ」


「……そ、そう」


「ありがとう」


 妙な気分だ。

 好意を示されて舞い上がっている、というのもあるけれど、それ以上に自分自身が混乱しているのがわかる。


 これまで、叔父さんのためだけに戦ってきた。

 けれど今回は違う。


 はじめて、自分の意志で、友達のために戦ったのだ。

 そして、感謝された。


 これもはじめての経験。


 案外、悪くないかもしれない。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

※あとがき


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