第2話 真経穴
さっそく酒場の外に出て、ランドと対峙した。
通行人たちが続々と足を止めて、野次馬と化す。
さすが街の代表だけあって、ランドは有名人なのだろう。
「俺はこの街、サマチアのギルドリーダーだ。その恐ろしさ、たっぷりお前のつまんねえ人生に刻み込んでやるよ」
「好き嫌いや趣味がないとつまんないの?」
「あーつまんないね。喋りも面白くねーなら尚のこと。生きてるって自覚がねえんじゃないのかあ?」
どうしてそう易々と他人の人生を否定できるのだろう。
平気で人をコケにして、偉そうに威張り散らす人生はそんなに楽しいのか?
「ねえ、もしこっちが勝ったらキューネを正式なギルドメンバーにしてくれる? 見習い、なんて奴隷みたいな扱いじゃなくて、対等な仲間として」
「バカか? スキルのねえクズが俺に勝てるわけないだろ。いいぜ、勝てたら言う通りにしてやる、いや、ギルドだってお前にくれてやるよ」
いらないよ。
「決闘で自分のスキルをバラすのはセオリーに反するが……ハンデとして教えてやる。俺のスキルは……パワーだ」
ランドの拳が光った。
スキルとは、高価で稀少な魔晶石を体内に取り込むと発現する特殊能力である。
能力は千差万別で、キューネの場合は他人を強化するバフ系魔法が使えるのだ。
スキルは誰にでも手に入るものじゃない。選ばれし者だけだ。
ちなみに、自分は選ばれなかった。拒絶反応が起きて腹を下してしまった。
「俺にかかれば岩だって持ち上げて、砕ける。この世界で一番の……怪力なんだぜ!!」
ランドが地面を殴りつけた。
肘辺りまでめり込み、周囲の地面に亀裂が走る。
なるほど、確かにアレで殴られたら瀕死は免れない。
「バカ高い魔晶石を使ったからなあ。知ってんだろ? 魔晶石にも種類がある。上質であればあるほど、手に入るスキルも強力になる」
「リーダーなだけはあるね」
「俺はこいつで何体ものモンスターを倒してきた。特に中級のオークと一対一で戦った時はシビれたなあ。一時間を超えるギリギリの戦いだったぜ」
見物していたキューネが、膝から崩れ落ちる。
「あんなのと戦ったらムウ死んじゃうよ!! 構わず逃げて!!」
「いいや逃さねえぞガキんちょ、来いよ」
スキルを目にするとつくづく思う。
便利そうでいいなって。
空を飛ぶスキルとか使えたら、毎日雲の上でお昼寝できるのに。
とりあえずゆっくりランドに近づいていく。
自分にはスキルはない。
けど、戦う術はある。
キューネにも話してなかったけど。
「けっ、舐めてんのか。望み通りぶん殴ってアゴの骨を砕いてやるよ!!」
ランドが拳を振るう。
それに合わせて、彼の足を踏んだ。
「え」
ランドの動きが、止まった。
「な、なんだ、動けねえ。なんで足を踏まれて腕が動かなくなるんだ!?」
「殴らないの?」
「くそ、俺に何をしたこのクズ!!」
「……」
両手の人差し指で、彼の大胸筋に触れる。
それだけで、ランドは腕はダラリと下がった。
「なん、だと!? ち、力が入らねえ!!」
「これじゃあ自慢の怪力も使えないね」
「こ、このクズが、俺に嘘をついたな。スキルを隠し持って、黙っていやがった!!」
「だから、スキルなんかないって。ただ少し、経穴を押しただけ」
「けいけつ、だあ? いいやスキルだね!! じゃなきゃこんなこと!! 俺がみてえなクズを殴れねえわけねえ!!」
「クズクズクズって、うるさいな。人を簡単に見下して嘲笑う。そういう人間のことを言うんじゃないの? クズって言葉は」
「うるせえ!!」
うるさいのはどっちだ。
軽く拳を握り、ランドのアゴの先端スレスレを殴る。
骨が砕けるわけじゃない。痛がるわけじゃない。
けど、充分だ。
ランドの膝がカクンと折れて、背中から倒れた。
キューネも、ギャラリーも、なにが起きたのかさっぱりわからず、呆然としている。
「ム、ムウ、な、なにしたの?」
「アゴを揺らして脳震とうを起こした」
「そ、そうじゃなくて、さっきの……」
「あぁ、真経穴をついただけだよ」
「……え? しんけいけつ?」
「まだキューネと出会う前、死にかけたことがあってね、医者である叔父さんが、とあるモンスターの体を使って足りないところを埋めてくれたんだ」
「ど、どういう……」
「叔父さん曰く、討伐難易度最高レベルのモンスター。最凶の怪物、オーガ」
正確には、オーガの赤ん坊らしいけど。
てっきりたくましい身体つきになれると期待していたんだけど、現実はそう甘くなく、背は低いし力も弱い。
外見だけで性別が判断できないくらいの華奢ボディーだ。
腕相撲ならキューネにも負けちゃうし。
「特に目がね、オーガの目を移植されて、普通の人間の倍以上はよく見えるようになった。それからこの『目』を活かすために、叔父さんから教わることにしたんだよ」
「なにを?」
「生き物の弱点」
どんな生物だろうと、必ず弱点がある。
人間なんか弱点だらけだ。
どの
どの骨を刺激すれば気絶するのか。
全部学んだ。
人間だけじゃない、あらゆるモンスターのものを含めて。
叔父さんの手で移植された目は、正確に相手の動きを読み、的確に真経穴を捉える。
力も、スキルもなくなって、あの程度なら楽に倒せる。
「あ、あが……」
ランドが上半身を起こす。
しかし当分、立ち上がることすらできないだろう。
アゴを掠めて、脳を揺らしたんだから。
「て、てめえ」
「あんたみたいなクズ、少しは反省したほうがいい」
彼に近づき、上腕に触れる。
指先に力を込めて、押し込む。
「な、なにを……」
「今日一日は手足を動かすたびに激痛が走るよ」
「ふ、ふざけやがって、こんの……」
ランドが腕を上げようとする。
「うぎゃああああ!!!!」
「ほらね」
「く、うぅ……」
「しばらくはマトモに動けないね。ギルドリーダーのくせに」
「ゆ、許さねえ!! 許さねえからな!!」
「……」
今度はランドの脇腹を人差し指で刺激した。
「うっ!! お腹が……」
「痛いでしょ? 急がないと漏らしちゃうよ」
「あ、足を動かせねえようにしたのはてめえだろ!!」
「そっか、じゃあどんまい」
「ま、待て!! このままじゃ……うっ!!」
あーあ。
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