終章
第1話 都内、墓地、納骨堂
株式会社ジアンプロデュース『
暑い日だった。鹿野と
「墓地の方じゃのおて、こっちの……?」
「納骨堂の方らしいな。行くか」
駅前の花屋で買った小さな花束を手に、宍戸が納骨堂の管理人に声を掛ける。銀髪の老女が優しい笑みを見せ、ふたりを地下にある納骨堂に案内してくれる。
「これが……納骨堂……」
「ごめんなさいね。ここまでしかご案内できないんです」
納骨堂というからには、骨壺がたくさん並んでいる部屋に通されるのだと思っていた。だが案内された先は半円形の小さな広場のようになっていて、花を置く祭壇と、それにベンチが幾つか、更に祭壇の前にはB5サイズのノートとボールペンが置かれている。骨壺自体は広場の奥にある施錠されたドアの向こうに安置されているらしい。
「綺麗なお花。今花瓶をお持ちしますね」
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる宍戸を他所に、鹿野はノートを手に取ってペラペラと捲る。そこにはやはりと言うかなんと言うか、納骨堂を訪れた人々による故人へのメッセージが幾つも書かれていた。
宍戸が女性から花瓶を受け取り、花を活ける。ごゆっくり、という言葉にふたり揃って「ありがとうございます」と応じ、ベンチに座ってノートの中身をじっくりと読む。本来はじっくり読むようなものではないのだろうが──
「うちらも何か書いてった方がええんですかねえ」
「とはいえ
「それはそう」
「取り敢えず来ましたよだけ書き残すか……」
ボールペンを握った宍戸が「代理で来ました また来ます」とさらさらとノートの空きスペースに書き記し、
「日付と……」
「あ! 名前! 名前書きます自分で!」
「あいよ」
宍戸クサリと鹿野素直。この納骨堂には──閉ざされた扉の向こうで眠る
あの日以来。世田谷区、スタジオ繭での騒動以来、鹿野には翡翠の指輪を嵌めた手も、灘一喜本人も見えなくなった。翡翠の指輪を嵌めた左手の主は石波小春だった。石波の能世春木と不動繭理に対する負の感情によって生み出されたのが、あの手、だった。
「よう分からん事件でしたね」
「分かる範囲で言うなら、不動は能世と……
「不田房さん……」
「でもなんか、不田房さんは巻き込まれただけみたいな感じもありましたよね」
「ああな。
「え、どこ情報ですそれ?」
「秘密」
寄せ書きノートをぱたんと閉じ、宍戸が肩を竦める。
「秘密すか……まあいいですけど……」
「俺としては、結局灘一喜ってのはなんだったんだ? って方が引っかかるよ」
たくさんの花で飾られた祭壇を眺めながら宍戸が呟く。
「鹿野の前には何度か現れたんだろ?」
「ですね。それで、灘さんは左手の薬指に指輪しとったけえ、なんじゃ? ってなって」
「うーんミスリード」
「そもそも初対面が能世さんの肩に乗っとる手ぇですからね。アレは石波さんの手じゃったわけですけど」
「石波小春、なぁ。17歳って大人? 子ども? どう思う?」
「子どもですよ」
宍戸の問いに、鹿野は鼻の上に皺を寄せて即答する。
「子ども子ども子ども! 超〜子ども!」
「超子どもか〜」
「超子どもの父親役押し付けられて……勝手に恋心抱かれた灘さんが気の毒です、今となっては」
石波小春が今、どこでどのような生活をしているのか鹿野は知らない。ただ、あの日、現れた灘一喜の幽霊の前で石波小春の目を過ぎった色に気付かないほど鈍くはない。
愛情が人を殺すことがあるなんて。
「そういや、能世さんはようやっと退院したらしいな」
「ずいぶん長い入院でしたよね〜。そんなに大怪我だったのかな〜」
「鹿野、お口が悪いぞ。……まあ、騒動が終わるまで病院に隠れてたっつうのが本当のところなんだろうけど」
「ずる〜い!」
「……じゃあその、ずるい男に会ってみるか?」
宍戸が、不意に言った。「え?」と眉を寄せる鹿野の前で、宍戸は口の端を上げて楽しげな表情を浮かべている。
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