第6話 新宿区、喫茶店⑤
鹿野、宍戸は、
新宿。鹿野と宍戸の頭には、馴染みの喫茶店・純喫茶カズイのマスターの顔が浮かんでいた。
「行くか」
「そですね……」
──「それじゃ、明日もよろしくお願いします」と檜村支配人に優雅に挨拶をし、不田房ら三人には一瞥も寄越さずに去った不動繭理。その後ろ姿をじっと見詰めているような不田房の腕を鹿野が掴み、宍戸が背中を押し、どうにかこうにか歌舞伎町まで移動した。地上三階、地下一階建ての雑居ビルの地下階にある喫茶店。金属製の看板は、出しっぱなしになっていた。
「
「ああ、いらっしゃい。大丈夫だよ。今日は朝まで開けとこうかと思ってたんだ」
ガラス製の扉を開けて、宍戸が尋ねる。カウンターの奥から、マスター・逢坂が快活な声で応じた。
「朝まで?」
驚いたように尋ねる宍戸に、
「お客さんがな」
と逢坂は笑う。
「今日はきっと、厄介な連中が来るだろうって言い張るもんだから」
「お言葉ですけど、逢坂さん。私の予言、当たったでしょ?」
カウンター席には、私立探偵・
「たっ……探偵〜〜〜〜っ!!」
「おおっと? 珍しくご立腹ですね、不田房栄治さん?」
「ご立腹にもなるよ! 探偵さん! 人の……身内に妙なこと吹き込みやがって……!!」
「ああ」
身内。不田房栄治の妹。鹿野の知らない、不田房の家族。
怒髪天を衝く、というほどではないが間宮探偵の言葉通り珍しく怒りの気持ちを顕にした不田房が、ずかずかとカウンター席に詰め寄っていく。
「あの大学生アカウント、ほんとに不田房さんの妹だったんだ」
「確信もなくあんな訳の分からない情報を流したの!? 探偵ってそういう商売なんですか!?」
「やだな、不田房さん」
長身の不田房を強引に隣の席に座らせ、間宮探偵はにっこりと笑む。
「私は、あなたの妹さんから何か依頼を請け負ったわけでは、ない。お金が絡んでいないし、先方の本名も住所も顔も知りませんからね」
「でも……あの神戸の情報屋っていうのは……」
「そこはそれ、このアプリ」
と間宮探偵は自身のスマートフォンを手の中でくるりと回し、
「色んなサークルがあって楽しいんだよね〜。いや〜以前はSNSの種類も少なくて選択肢が少なかったけど、私はここの、オカルトサークルと観劇サークルを良く覗いていて……」
「──で、不田房の妹を名乗るアカウントに接触された、それともおまえから声をかけたのか?」
間宮の頭の上から、宍戸が問いかける。マスターに手渡されたアイスコーヒーのグラスを宍戸に押し付けながら、
「向こうからだよ」
間宮はあっさりと応じる。
「私、SNSでも特に仕事隠してないからね。変なやつに絡まれてもそれなりに自衛はできるし、何よりうちの事務所って人間少ないでしょ? 無料で宣伝できると思えばクソリプぐらいなんてことないっていうか」
「おまえが探偵だってことを知っている、不田房の──妹を名乗るアカウントが」
「『兄が』」
今度はオレンジジュースの入ったグラスを鹿野に渡しながら、間宮は続けた。
「『兄が、能世春木さんの舞台に関わっています。事故が起きないか心配です。相談に乗っていただけませんか?』ってメッセージがね。アイコンの写真が可愛かったからうっかり相談に乗っちゃった」
「……で!!」
間宮の飄々とした物言いをぶった斬るように、不田房が声を上げる。「やだ、怒鳴る?」と間宮が大きく目を瞬き、鹿野も思わずオレンジジュースを取り落としそうになる。
「神戸──中華街、南京町。行ったよ、妹と、それに共演者の女と。それであの女は……
カウンターの上でぐっと拳を作る不田房の後頭部を見下ろしながら、
「間宮さん」
鹿野が声を上げる。
「なぁに?」
「その、不田房さんの妹さんからは、いつ相談があったんですか?」
「大阪公演で事故が発生する前の日。もうちょっと早くに事情を聞いておけば防げたかもと、思わないでもないですね、間宮さんとしては」
「防げた?」
カウンターに突っ伏するような格好になっていた不田房が、バッと顔を上げる。間宮は頷く。
「だってあんな事故、人間が起こしてる以外に考えられないでしょ? 事件、事故を起こした悪者探しは探偵の専売特許だよ」
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