第17話
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「教会騎士エルマー・ギースベルト。龍殺しはまやかしだったのか?フハハハハハ」
小姓は半狂乱になりながら右肩の位置にエストックを持ってきて、再び刺突の構えで突っ込んでくる。
私は剣を構えなおす。
小姓の突撃を私は今まで受けたり回避をしたりしていた。
がしかし、この数秒で彼女を倒さなければならないのであればもはや剣を避けて時間をロスするのは悪手。
私は覚悟を決めて、彼女の前に立った。
小姓も並みの剣士ではない。
おそらく、私と同じように武門の家に生まれて、小さなころから高度な剣術訓練を受けていたのだろう。
叩き込まれた剣術の練度は並の騎士を凌駕するレベルだ。
だが、だからこそ彼女の剣術には驕りが見えた。才覚がある者は剣術にもプライドが乗るものだ。
そしてその誇りは時として脇を甘くする。
私は目を見開いた。
小姓の剣はまっすぐ私の首筋めがけて突っ込んでくる。
私はそれを半身、それも左肩だけ逸らして最小限の動きで避ける。
エストックの刃先が私の首筋を掠める。
だが彼女の剣は私の頸動脈の一本にも掠ることなく、後ろへ流れていった。
私は半身をひねって、右手に握っていた直剣を切り上げる。
それは小姓の左胸から顔を切り裂いて、空を舞った。
彼女はそのまま突撃の慣性で後ろへ向かって倒れた。
「ひっ・・!!いだぁい!!いだぁい!!前が・・・!前が見えない!!うわぁぁあ!!」
小姓はエストックを落として、顔面から溢れる血を抑えて叫んだ。
そしてそのまま手のひら一杯に染まった自分の血液を見て狂乱状態になり、卒倒した。
ドルジーナが立ち上がったのは正にその瞬間だった。
「ユリア嬢を僅か、数秒で下すとは」
彼は驚きの目で私を見つめる。
私はニヤリと不敵な笑みを浮かべて、はやる息を落ち着かせた。
「前言を撤回しよう。お前は、強い。戦士として殺し、ヴァルハラへ送ってやる」
騎士は一段と覚悟を決めて、再び両手剣を構えた。
「私の宗派には、ヴァルハラはないんだ。だから、あんたがワルキューレによろしく言ってくれよ」
私は彼の宣言に小気味の良い返事をした。
一段と集中力が上がった気がした。
体が思考したように動く。
次の瞬間彼と私は互いに剣を交えた。
そこから下段中段上段の素早い三連撃。
一瞬の虚を突いて、ドルジーナがパンチを放つ。
私はそれを弾いて、再び蹴りを放とうとしたが彼の足払いに防がれた。
達人同士の決闘では、二度目は通じない。
我々は互いに相手の虚を突けないかと探りあった。
しかし、両者ともその剣技と感覚は洗練されており、
僅かな隙も誘いなのか、そうではないのか判らず迂闊に手が出せなかった。
このままでは、私の剣が歪んでなまくらになってしまう。勿論ドルジーナにとってもそれは同じ。
剣が綻びれば、攻撃手段が無くなる。彼も同じように危機感を感じているに違いない。
だがしかし、このまま打ち合いを続ければ先に折れるのはなまくらな私の剣だ。
その次の瞬間、私の剣が中心からひび割れ真ん中からぽっきりと折れた。
硬い彼の両手剣と打ち合っていればいつかはこうなることは分かっていた。
ドルジーナは勝利を確信した。今、相手の攻撃能力は完全に奪われた。
彼はその好機を逃さぬように大きく振りかぶった。
「獲った・・!」
だが私はその時、すぐさま袖の中に隠していたナイフを出してドルジーナの錣(兜と胴鎧を繋ぐ首の防具)の隙間に突き立てた。
彼は無警戒だったようで正面ががら空きだった。
「ぐっ!!まさか、看守の短刀・・・!?いつの間に・・・!」
彼は血を噴き出して叫んだ。そして、衝撃で持っていた両手剣を地面に落とした。
私は彼の喉に刃を突き立てて、ダメ押しでそのナイフの柄を二度三度と叩いた。
ドルジーナはまだ抵抗した。腕を振り回して、私を振り払おうとした。
しかし私はくらいついて、ナイフを離さなかった。
ドルジーナはそのまま後ろへ向かって倒れた。私は突き刺すだけでは彼を仕留められないと判断し、ナイフを持ち替えて一気にねじりこんだ。
彼はまだ暴れていたが、そのダメ押しで終に息絶えた。
私は彼の死体から離れる。
そして、はやる息を落ち着かせた。
私は彼の死体に両手剣持たせてやった。
「ヴァルハラのワルキューレによろしくな」
私は彼の強さに敬意を示して祈った。
だが、今は彼の為に聖句を読みあげている余裕はない。
壁から広場を見下ろすと、そこでは未だ女王と”姫”が戦っている。
「彼女を、殺さない限りはこの戦乱は終わらない・・・!」
私は大きく息を吸い込むと付近に置いてあった騎士剣をとってそのまま、広場へと飛び降りた。
ーーーー
広場の奥で争われた魔法使い同士の決戦はやがて決着が見え始めていた。
革命軍の首班たるアリーナは光の魔術を3度放ったが
そのうち2発はまるで女王に効いていなかった。
しかし、近距離で放った1発は女王の鉄壁の防御を破り彼女に負傷を負わせた。
アークウェットは肩に受けた怪我を自分で触り、少しうれしくなった。
「貴様、名を名乗れ。私に怪我を負わせた者の名を知りたい」
「・・・・アリーナ・アガフォーノヴナ・マスリュコヴァ。旧王家の末裔にして、このロルドの正当な王位継承者!!!
簒奪者アークウェット・リンドバーグから王国を取り戻すため、遥か北限から舞い戻った!!」
彼女ははち切れんばかりの声量でそう言い放った。
アークウェットは少し目を見開いて、意外そうに彼女の顔を眺めた。
そしてしまいには笑いだして
「あぁ、分家の人間がまだ生きていたのか。コズロフ家の連中はお盛んで困ったものだ」
と彼女を煽った。
アリーナはそれに激怒して、すぐさま魔法攻撃を発動した。
しかし、その瞬間にアークウェットは手を掲げて部下に合図した。
それを見た親衛兵2人がすばやく駆け寄り、アリーナを拘束した。
「知ってるか?魔法ってのは隙が多いんだ。ましてここは私の城。敵地で油断するとは・・・」
女王はアリーナの頬を掴みながらそう言った。
だが同時に彼女は彼女に期待してもいた。
自分の防御を抜いた相手は彼女が初めてだ。
何度も転生を繰り返して、自分に手傷を
負わせるものは数多く居れど、正面切ってダメージを与えたのはアリーナは初めてだ。
「お前にもう少し思慮があれば・・・・お前がもう少し場馴れしていれば・・・!
アリーナ、お前は若すぎた・・・!あと一歩、そのほんの少しの堪えでその匕首は私の首に掛かっていただろう」
女王はアリーナを哀れんだ。そして何より、彼女でさえ自分を殺せない事にひどく落胆した。
彼女はそのままゆっくりとアリーナの顔に手をかざす。
「お別れだ。コズロフ家の亡霊よ」
「私が死んだとしても、第二第三のアリーナが現れて貴様を殺すだろう。いずれ来る死に怯えて生きろ!!!」
「死ねることは、幸せな事なのよ」
アークウェットは暫く感慨深そうに眼を閉じていた。
そして、小さく首を振ると再び目を開けて魔術を発動しようとした。
「アークウェット・リンドバーグ!!!貴方の御命を頂戴しにまいりました!!」
しかし、その瞬間大きな声で彼女は呼び止められた。
アークウェットは振り返る。
声の主は教会騎士エルマー・ギースベルト。
彼は使命に燃える瞳を携え、女王の前に三度と立ち塞がった。
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