第8話


ーーー


やがて、1年の月日が流れた。

私は皇太后の、今となっては女王のヘレナにせがまれて

教皇との連絡役として1年間を駐在武官として過ごした。


教皇院はホードリックを討ったことに大層喜んだようで、

私の長期滞在をすぐに許可した。



「貴方には、いろいろと迷惑を掛けましたね」

女王となったヘレナは私によくそう言って謝意を述べた。


そうすると決まって私は、

「お気になさらず、陛下。教皇の許可はいただいておりますし、第一私がここに残りたいと思っておるのです」

と誤魔化せない性分故軽々と言ってしまうのである。

さらに女王陛下はそれを聞くとにんまりと笑って次々に仕事を回してくるものだからたまったものではない。


しかしながら私は至福であった。


王殺しを命じられた時よりも充実した毎日を送れている。

そういう実感があったからだ。




やがて、春が来て彼女は病を患った。

長命種の風土病だという。それは体を内から蝕み、

やがては死に至る病なのだと。


「・・・・もうすぐ、この国は王の要らない国になります」


女王は、私と側近のリップ卿を前にふとそうやって零した。

彼女は、国法の改正を行って国王のいない寡頭政を作り上げようとしていた。


だが、それを見届けるには彼女は弱りすぎていた。

体や肌の張りは変わらず美しい。しかしながら顔色や、体表に現れた様々な不調はまさに病人のそれであった。


彼女は夏にはもう、従者の肩を借りなければ歩き回ることさえ困難であった。

そして7月、私は彼女に再び呼び出された。

かつて暗闇ばかりで、高い城壁を抱えていたトルンは

それらを捨てて段々と活気を取り戻しつつあった。


王城は解体され始め、高い城壁は緑に囲われて朽ち始めている。


「・・・・もう、こんな恐ろしい建物はいりませんもの」


彼女はトルン市街の成長を阻害していた城塞郡を壊し始めた事を私に告げた。私は、それは良い事だと素直に賛同した。


「して・・・・」


王女はそう言って私を眺めると、久々の笑顔を見せた。

そして続けざまに彼女は従者を呼びつけると「少し散歩に出よう」と私に提案した。


どうやら、中庭に出たいらしい。


中庭には、大きな墓碑が立っている。それは無名の戦士とされていて、国民や家臣にはホードリック統一戦争の時代の英雄として記憶されている。


王女はそこに手を合わせて、私の方を見た。

「あなたは、私に最初に出会ったとき。永遠の愛はないのか、と尋ねましたね」


「不躾なご質問でした。お許しを」



「いやいや、私は別に詰問しようていうのではなくてね・・・」

「その答えをあなたに教えようと思って」


女王は普段の疲れた様子とは打って変わって少し弾んだ声でその話をした。


「では、改めてご質問させていただきます」

「女王陛下、貴方は永遠の愛はあると思いますか?」


私ははっきりとした声で彼女の瞳を見て尋ねた。

それを受けて、彼女は目を暫く閉じて再び石碑に手を当てた。

そして

「あるわ」

「きっとね」

と願うような調子で言った。


「そうですか」

私はその答えに満足であった。





やがて、冬が来た。このホードリックにも寒い冬はやってくる。

山間のこの国は、特に冷害が凄まじく毎年市民たちはその対応に追われる。


そんな季節に、女王は体を壊しついに寝たきりになった。そして、きたる12月21日にそのまま永遠の眠りについた。


彼女の遺言で、葬儀は簡略化された。

この冬のつらい時期に豪奢な葬儀は反感を買うだろう、との考えであったが、国母の死に各地で独自の追悼式が営まれるなどその心配は杞憂であったようだ。


葬儀の弔問にはほぼ国内のすべての貴族が訪れた。

その中にはリップ卿と私も含まれていた。


女王は棺の中で安らかに眠っていた。それは寂しげでなく、どこかうれし気で満足に満ちた表情であった。


そして葬儀に連なって、祈祷が行われた。

私は教会の騎士だったので葬儀についての宗教的な段取りはほとんど見知っていたが、この祈祷には馴染みが無かった。


「リップ卿、これは?」


「あぁ、この土地の昔からの風土でな。敬愛する死者と共に、永遠に残していたい物を一緒に葬るんだ」


実際、弔問客は棺の埋められる大穴に宝石、ペンダント、剣などを投げ入れていた。


「忘れたくない物を一緒に埋めれば、その死者も忘れないだろう」

とリップ卿。私もその行為に蛮族的だ、などという感想は覚えず、素敵な風習だと思った。


そしてリップ卿は頸飾の真ん中にあった一番大きな宝石を取り外すと、投げ入れた。


「悲しい過去は忘れた方が良い、なんて言う者も居るが

俺はそんな風には思わない。過去は、皆が忘れた瞬間に消える。過去でなくなる。だから、ずっと背負っていくんだ」


「それもまた、愛ですか」


「たぶんな」


リップ卿は問答を終えると、少し空を仰いでそのまま

葬儀場を後にした。


私はじっと彼のすぼんでいく背中を眺めていた。


ーーー




私はまた、行商人の車列に便乗して南の教皇院へ帰った。

1年前に来たあの街道を、今度は逆に下って行く。


「なぁ、あんた知っているか?北では、リップ卿が大公になって貴族院長を務めておるんだと。とんでもない出世だよ」

商人は、1年前みたいにまた与太話を私に吹っ掛けて来た。

彼は仲間は減っていたがその元気は以前のままのようだ。


「まぁ、それよりも王国では政変があったみたいだな。

なんでもあのホードリック王が死んだとか」


「しかも、王殺しをしたのは皇太后の一派だという。

あの王様は狂っていたんだろうが、夫婦が殺しあうなんて貴族の考えは判らんね」


彼はヴァイスブルク以北にはあまり行っていないらしくその情報について断片的だがね、と付け加えた。


「なぁ・・・・あんた、教会の騎士なんだろう。駐在武官だったとも聞く。王殺しをした奥さんは、一体どういう気持ちで王を殺したんだ?」


商人は揺れる馬車を背に、私にそうやって聞いてきた。



私にはそれについて彼に教えてやれることは何もなかった。

また、女王や王の言葉の中にも、それを説明できるものは見つけることもできなかった。


だから、「わからん」としか答えることはできなかった。


それでも、一つだけ確かなことはあった。

女王と王は、互いの話をする時にいつもどこか寂し気で、それでいて”少し嬉しそう”だった。




もしかすると、それが答えなのかもしれない。


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