第7信 異国の兄からの手紙
※ 宛名の「トモカ」は、差出人の妹の名だそうです。
📞📞 来信 📞📞
(一枚目 英語)
この手紙を偶然見つけてくださった方へ
この手紙を、街の下記の住所へ届くように手配していただけませんか。
住所は私の仕事先です。ここへご連絡いただければ、後ほど十分に謝礼をさせていただきます。
あなたのご親切に感謝を。
(二枚目 日本語)
トモカへ
元気でいるか? 連絡が遅くなってすまない。
俺は今、電気も満足に通っていない、遠い国の辺境の奥地にいる。
何故こんな所にいるのかというと。海外出張を終えて帰国しようという時に、ちょっとした犯罪トラブルに巻き込まれそうになった。その時力を貸してくれたのが、この村から来た青年だったんだ。
英語とジェスチャーで意気投合し、いつの間にか村まで一緒にやってきてしまった。
村の全員が英語を話すわけじゃないが、それでもみんな俺の話を楽しそうに聞いてくれる。みんなに俺の特技を披露したり、寝食を共にしたりしているうちに、あっという間に数日が過ぎてしまった。
ここには電話もないし、もちろんネットもない。村の外への連絡手段といったら、週に一度か二度、街に働きに出る誰かに手紙を託すことぐらいだ。
その頼みの綱でさえ、大雨で川にかかったたった一本の連絡橋が落ちて、使えなくなってしまった。お決まり過ぎて笑っちゃうだろ?
街にある出張先のオフィスには、村に行く前に連絡しておいたから、トモカにも連絡が行っていると思う。オフィスには村のことをよく知ってる人がいたから、そこまで心配はされなかったみたいだ。
橋が直るまで、もう少し、ここの穏やかな暮らしを味わっていようと思う。とっくに帰国しているはずだったのに、なんてのんきなんだ、ってトモカは呆れているだろうね。
この村は、自分たちでこの暮らしを選択した人たちが集まってできている。電気のない暮らしがこんなにも心を落ち着かせてくれるなんて、俺はここに来るまで思いもしなかった。この世界で日々を生きるという、人間としての、いや、生物としての根幹を見つめ直している心境だ。
橋が直っていないのに、どうしてこの手紙を書いたのか。村の人が、伝書鳩を飛ばそうと言ってくれたからだ。街まで飛んでくれれば、街にいる村の関係者がオフィスへと届けてくれる。その後、オフィスの知人が日本まで送ってくれるはずだ。でも、鳩は途中で力尽きるかもしれないし、動物に食べられてしまうかもしれない。期待はしないでくれ、って笑ってた。
帰国がいつになるかは、まだわからない。ひとまず、この手紙が無事にトモカに届くことを願う。
心配しないで、もう少しだけ待っていてくれ。
📞📞 返信 📞📞
お兄ちゃんへ
まったくお兄ちゃんらしくて笑っちゃったよ。
ぜんぜん連絡してくんないし、だれに聞いたって居所わからないっていうし、まあそれだっていつもの通りで想定済みっちゃ想定済みなんだけどそれにしたってひどくない?
戻ってきたらどんだけ怒ってやろうかって思ってたけど……手紙読んだらその気も失せちゃった。
ほんと呪われてるのかってぐらいトラブルに巻き込まれる体質だよね。なのに毎回うまく乗りきって、おまけにそのつど仲間をつくったり新しい技を身につけたり、おかげで母さんまで自慢の息子だなんて言っちゃって冒険体質を改めさせようともしないしさ。
でも私は母さんみたいに甘くないからね。許してあげるのは今回だけ。ほんともう心配させるよなことしないでよね。
とかいって私が心配してるなんて思い上がらないでちょうだい。お兄ちゃんがどうなったって私はぜんぜんどうだっていいの。お母さんが心配するのがヤだから注意してるだけ。
そんでお兄ちゃん? この状況楽しんでるよね、ぜったい。
電話もない、ネットもない、橋が落ちてて電気も通じなくって手紙は伝書鳩頼り……ってお兄ちゃんにとっちゃそれ、苦労でもなんでもなくってご褒美でしょ。
帰国がいつになるかわからない――って、またのんきなこと言ってるし。日本で心配して待ってる人がいるって自覚あるの?
あーあ、もういいや。
ま、なんだかんだお兄ちゃんは強運だから、鳩が途中で食べられるとかそんなことなく手紙もちゃんと届くんだよね。だから今回もお兄ちゃんはぶじに帰ってくるって信じてる。
一応書いてあった事務所の住所にこの手紙を送っとく。
これ見たらすぐに返事を書くこと。いい?
いつ帰ってくるかちゃんと言わないと、ごはんの用意もしてあげないからね。
帰ってきたらまずなに食べたいか、リクエストもちゃんと書きなさい。
やさしいトモカちゃんがとくべつにつくってあげる。
私のお手製ごはんがどれだけ美味しいか、びっくりするがいいわ。
まったく手間のかかるお兄ちゃんなんだから。
ばか。
📞 📞 📞
シスコンの兄にブラコンの妹とくれば、ある意味理想の推しカップルと呼んでもよさそうで、三度の飯より大好物って嗜好の方もおられることでしょう。
もっともこの返信の主自身はブラコンであることを全力で否定するかもしれませんが、そのような言い逃れが通用しないことは、上のツンデレ返信を読めば明らかです。
兄の放置プレイに呆れ怒りながらもついつい心配し、帰ってきたらお世話を焼いてあげるなんていうのはいわゆる「チョロイン」と言えそうですが、この点についてもきっと彼女は否定することでしょう。
だいたい「私チョロくなんかないわぜったい」と自信まんまんな子に限って傍から見てると隙だらけなのであり、「もしかして私チョロいのかも?」と自ら省みる姿勢を身につけないようではチョロイン一直線は免れません。
ただしそんなチョロインをこよなく愛する向きも市場には一定数存在しているため、彼女の無自覚なチョロインぶりは欠点というよりむしろ美点というべきかもしれません。
そう考えると彼女のこの隙だらけのチョロインレターは計算ずくなのではないかという疑いも浮上します。
彼女がわざとチョロい演技をしているのだとすればチョロいどころか
もちろん、たとえ天然ではなく演技だったのだとしても彼女が最強ヒロインとなる大いなる素質を持ち合わせていることは疑い得ません。
トモカ嬢の
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