ハーフ＆ハーフ４のための 手紙ってどんなふうに書くんだっけ研究会

第1信 異世界からの手紙

　📞📞　来信　📞📞

青木部長

拝啓

　時下ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。突然のお手紙にて驚かれたことと思いますが、なにとぞご容赦ください。

　まずはこの度の無断欠勤と、返信が遅くなりましたこと、決算前の多忙な時期、なにより部長には大変なご迷惑をおかけしたこと、心より深くお詫び申し上げます。

　私の携帯電話に部長よりおびただしい着信があったことはもちろん承知しておりました。それに対して返信できなかったことは故意ではなく、ひとえに私のおかれている環境のせいです。

　信じられないかもしれませんが、私は今『異世界』というところに来ております。

　その日の夜、十日以上続いた深夜残業で終電を逃した私は、徒歩にて帰途についておりました。その途中、車道の真ん中で震えている子猫を見つけたのです。私はかつて猫と暮らしていたこともあり、どうしても見て見ぬふりはできませんでした。そしてその子猫を助けようとしたところを、トラックにはねられたようなのです。

　気づいたときには『異世界』にきておりました。そこは現代日本とはまるで違う、中世ヨーロッパのような世界です。

　剣と魔法の織り成す世界に、最初こそ戸惑いましたが、私には趣味のゲーム知識がありました。今では仲間も増え、魔王討伐に欠かせないメンバーの一人として、せわしなくも充実した日々を送っております。

　いつそちらの世界に戻れるのか分からないので、もうしばらくこちらの世界で頑張ってみようと思います。

　部長には大変お世話になりましたが、私の現状をご理解いただければ幸いです。無事に暮らしておりますので、これ以上の心配も御連絡も無用と存じます。

　またまことに勝手ながら、このまま会社にご迷惑をおかけするのも心苦しく、私のことは気にせず退職の手続きを進めてください。

　最後になりますが、部長と会社のますますのご発展を祈念し、お別れの御挨拶とさせていただきます。

敬具

　📞📞　返信　📞📞

前略

　突然連絡が取れなくなり心配しておりましたが、お元気に過ごされていると伺い、まずは安心いたしました。

　異なる環境にもすぐ馴染んで活躍されるバイタリティには舌を巻くばかりで、さすがと感嘆しております。貴君ならば新しい世界で運命を切り拓いていかれることでしょう。

さて、

　貴信を拝読すると退職の意向を示されたものと理解いたしましたが、手続を進めるにはいささかの不都合があり、このままでは貴君の意思には副いかねることを、遺憾ながらお伝えせねばなりません。

　貴君もご承知の通り、退職に際しては原則として三十日以上前に退職願を提出すること、と当社の就業規則第十七条で規定されています。

　もっとも三十日以上前という条件に関しては、会社が認めた場合は短縮も可とされているため、さして大きな不都合ではありません。

　また、退職願の書式も特段定められておりませんので、手紙でお伝えいただくこと自体もその効力を欠く事由とはなりません。

　しかしながら問題は、この手紙が確かに貴君の手で書かれたものとするだけの証拠がないことです。

　万一この手紙が第三者から不正に発信されていた場合、裁判で争うようなことになれば退職は無効と判断され、多大な賠償と未払賃金の支払を命じられる虞れを排除しきれません。

　そのため退職願として不用意に受理するわけにいかないと愚考する次第です。

　なお、念のため人事部および法務部にも確認したところ、彼らも同じ見解でありました。

　なにぶん異世界からの退職願というものは前例がないらしく、さらに顧問弁護士にも確認いたしましたが、裁判でどのような判断が下されるかは予断を許さないとのことで、当社としても軽率な対応は厳に慎むべきであろうと判断するに至りました。

　さりながら、貴君の意思を酌みたいのは勿論であります。ついては、二通りの代替手段をご提案いたしますので、いずれかで対処頂けますでしょうか。

　最も穏当な解決策としては、あらためて自筆の退職願を提出いただくことです。その際必ず署名を入れることを忘れないでください。登録印章を捺印のうえ、印鑑証明を添えて頂ければなお確実です。また、念には念を入れ、内容証明郵便にて発信されることを推奨いたします。

　あるいは、いささか貴君にとって不名誉になると思われるかもしれませんが、懲戒解雇処分による退職という方法も取り得ることを、個人的見解としてお伝えいたします。

　ご存知の通り当社の就業規則第六十三条には懲戒要件が規定されており、それによれば、無届欠勤十四日以上に及ぶ者は懲戒解雇に処す、とされています。

　あと六日で規定の十四日に到達しますから、その間に小職が退職願を受領せず、かつ出勤がなかった場合は、当規定に則り懲戒解雇処分にて然るべく処理を進めることとさせて頂きます。

　なにとぞ諒とせられますよう、お願いいたします。

　末筆ながら、異世界での貴君のますますのご活躍を祈念申し上げます。

草々

※ポイント

　良好な人間関係を維持し、禍根やトラブルを避けつつ、これ幸いときっちり退職へと誘導しましょう。異世界へ行ってしまうような人は（事実であろうと妄想であろうと）、たいていの組織にとってはお荷物なんじゃなかろうか、と。