Section 11: 手負いの鳳
遥か星屑の果て――、とある地球型惑星にある巨大な高層ビルの一室にて、女性らしき隻眼の人物が超光速通信に出ていた。
「ははは……、こりゃ珍しい――、アタシなんかにアンタが通信をよこしてくるなんて……な」
【ふふ……、”アタシなんか”って謙遜する必要もないでしょ? わたくしは今でもアナタの事を大事に思っていますわ】
「は……、悪いが、アタシにはアタシのやり方や立場がある……、そんな事を言って取り込もうとしても無駄だぞ?」
【あら……それはとても残念ですわね。わたくしは”母”としてアナタの心配をしているのよ?】
その言葉に、モニター前で顔をしかめる隻眼の女性。
「いつまで母親のつもりでいるんだ? アタシは今でも”あの事”を忘れてはいないぞ?」
【……まあ、それは今更言い訳はしませんわ。ただ……、ソレを言うなら、わたくしのこれから話す言葉はアナタにとっては重要でしょうね】
「? どういう意味だ?」
モニターの向こうにいる人物は、優しげな微笑みを浮かべて――そして、静かに次の言葉を発する。
【ヴェロニアの手の者が”禁忌領域”へと侵入しましたわ】
「!!」
その言葉に驚きの表情を浮かべる隻眼の女性。
「……な! 馬鹿な!! アーチボルドの親父は?!」
【おそらく……、何らかの取引があったのでしょうね。彼は海賊というより”政治家”ですから……ね】
「ち……、レヴィア様への忠義も何もなしかよ……クソが」
【そして……おそらく――、彼女はヴェロニアの手に……】
その言葉を聞いて隻眼の女性は今度こそ顔を凶悪に歪めた。
「……ヴェロニアのクソババアが、レヴィア様の後継者を名乗るつもりか。それで……、”レヴィア様を真っ先に裏切った”アンタが何を言うつもりだ?」
【……】
「そんな話、アンタには関係ない話だろう? それとも……、さすがのアンタでも”かつての戦友”がどうにかなるのが嫌ってことか?」
その隻眼の女性の言葉に、モニターの向こうの女性は薄く笑って答えた。
【わたくしが何を言っても仕方のないことは理解してますわ。ただ……、その娘――、ティアナがヴェロニアの下から逃れて、惑星クランに向かっているという情報が入りましたの】
「!!」
【おそらくヴェロニアは――、近くクランに侵攻するでしょうね。”アナタの監視惑星”……に】
その言葉を聞いて、隻眼の女性は黙って思考を始める。そしてすぐにモニターに向こうの人物を睨みつけた。
「まあいい……、今回はアンタの思惑通りに動いてやる。――この借りは必ず返す」
【そんな事は必要ないですわ】
「アタシが我慢ならないんだよ――、アンタなんかに借りを作るのは」
【……そう、ですか】
モニターの向こうの人物は少し寂しげな表情を浮かべる。隻眼の女性は視線をそらして、そして一言発した。
「話はそれだけだな? このまま切るぞ?」
【……】
「……じゃあな――”母さん”」
その瞬間、隻眼の女性は通信を切る。おそらく【母さん】と言う言葉は向こうには届いてはいまいと考えながら。
そして、すぐさま通信を館内通話に切り替えて配下へ通信を送る。
「おい! 今から艦隊を連れて惑星クランに向かう。なるべく機動性の高い艦艇を8隻ほど見繕ってくれ」
そのように命令を下した隻眼の女性は、小さくため息を付いてから部屋の天井を見上げた。
「レヴィア様――、貴方が幼かった私を守ってくれたように、今回は私が貴方の子供たちを守ってみせます」
隻眼の女性はその胸に光るロケットを見つめる。そこにはかつての仲間達の画像データが格納されている。
「このアタシ――、アンネリースの名において」
◇◆◇
――その瞬間、ブリッジ内にジェレミアの声が響く。
「後方に展開中の敵戦列砲艦……、高速砲艦が砲戦陣形――”楔陣”を取り始めたよ! 粒子砲門の開放も確認!!」
「砲撃開始の予測時間は?!」
「おそらく3分後だね――。そこまでくればこちらに射線が通る」
「敵の突撃艦は?!」
「粒子砲で牽制しつつ、明らかに進行方向を塞いできてるよ――。ほぼ間違いなく後続に追いつかれる」
そのジェレミアの言葉にロバートは舌打ちしつつ命令を下す。
「突撃艦を振り切れない以上、その突撃艦を何とかする以外にこの状況から逃れる道はない。エリオット! 敵がこっちの前方を塞ぐつもりなら、そのままヨーヨーで真後ろについてやれ!!」
「aye aye sir!!」
エリオットが操縦桿を動かし、それに反応するように迅龍が急旋回を行う。そのまま急激な旋回運動をもって自艦の位置を調整し、敵アトランタ改級突撃艦の真後ろへと滑り込む。
「アラン! 艦首軌道砲門開け!」
「艦首軌道砲門開放! 狙撃準備よし!!」
迅龍の艦首にある砲口が動いたのを感知して、敵アトランタ改級突撃艦が急旋回を始める。しかし――、
「は――、逃すか馬鹿野郎!!」
エリオットがそう叫びつつ操縦桿を動かし、迅龍は宇宙空間でドリフトしつつ、その艦首をアトランタ改級突撃艦の進行方向へと向けたのである。
「よし!!」
アランがそう叫んでトリガーを引き絞る。その瞬間、艦首砲門から光条が真っ直ぐに放たれた。
ドン!!
次に起こった光景は、アトランタ改級突撃艦が腹に大穴を開けて爆沈する様であった。
まさに一撃必殺――。軌道砲の直撃にアトランタ改級突撃艦の船体は耐えることが出来なかったのである。
「よし!! あとは――」
ロバートがそう叫んだ時――、
【全員、対ショック防御――!】
そういうティアナの叫びとともに、力学制御で守られているはずのブリッジ内部が明確に揺れたのである。
「――砲撃?! 直撃したのか!!」
【はい! どうやら敵艦は――、アトランタ改級突撃艦とのシステム連動で、射程をわずかに伸ばしたのかと】
「ち――、最新式の火砲連動システム……、あることは知っていたが、ここに来て長過ぎるブランクが響いたか」
ヴェロニアは前進しているアトランタ改級突撃艦を観測機として利用して、本来当たらない砲を命中に変えたのである。
艦隊による海戦を長く経験していないロバートたちは、その事をすっかり失念して状況の悪化を招いてしまっていた。
ドミニクが叫ぶ。
「主機に損傷を確認――、出力が低下を始めている!」
「クソ――、このまま振り切ることは?!」
「防御を考えないなら可能ではある――、が、その場合、敵の飽和攻撃を全部避ける必要がある」
「ジェレミア! 敵の位置は?!」
「すでに射程内に入ってしまっているから。少なくとも2,3回は砲を避ける必要があるね」
その言葉にロバートは舌打ちしつつエリオットに命令した。
「ここまで来たら――やることは一つ! 全力逃げろ!!」
「わかった! 俺に任せろ!!」
その瞬間、無数の粒子光が迅龍の周囲を掠ってゆく。それはもはや神業に近い様子で、宇宙空間を細かく蛇行しながら迅龍は翔ける。
しかし――、それでも、敵の全艦艇分――、600門を越える砲門による飽和攻撃を避けきることは出来ない。
僅かなFRF防御帯でごまかしながら回避し続ける迅龍に、確実なダメージを重ねてゆき――、
「艦長――、あと30秒で射程外に脱出できる!」
ジェレミアの言葉に少し明るくなるロバートであったが……、
ドン!!
再びブリッジに衝撃が走り、ブリッジ内に警戒音が響き始めた。
ビー!!
【補機損傷――、機能停止! 速度が落ちて……】
その言葉にジェレミアが言葉を被せる。
「マズイよ! このままじゃ高速砲艦を振り切れない!!」
「……」
ロバートは苦しげな表情を浮かべる。たとえ戦列砲艦を振り切れても、高速砲艦を振り切れなければ、このまま砲撃にさらされてしまうのだ。
(ここまで? ここまでなのか?)
さすがのロバートも悔しそうな顔で黙り込む。それを他のメンバーもまた暗い表情で見つめた。
――と、その時、
「まだ諦めるには早い!」
そう言い放ったのはジオである。
「しかし――」
「逃げることが出来ないなら――、ぶちのめすしかないだろ?!」
「おい……」
ジオの言葉に、さすがのロバートたちも驚いた表情をした。
「この状況で……、敵に突撃すると?」
「そうだ! 突撃艦だからな! 突撃しなくてどうする?」
「いや……しかし――」
ジオはブリッジの天井を眺めてティアナに問う。
「ティアナ……、防御に専念した場合船体はどれだけ持つ?」
【……約10分――、それ以上は無理】
「十分だな……、それで――」
ジオはニヤリと笑って皆に向かって言い放った。
「ヴェロニアの旗艦を叩く」
「?!」
ブリッジの皆が顔をひきつらせる。それはまさに無謀すぎる話であった。
しかし――、ジオは笑いながら言葉を続ける。
「まあ……俺の言う通りにしろ」
◇◆◇
「ヴェロニア様――、目標のスラスターの停止を確認。主機が損傷して航行不能となった模様」
「敵の砲は?」
「明確な射程内であるはずですが――、起動する様子もありません。おそらく……」
ヴェロニアは笑いもせずに答えた。
「ふん……主機が本格的にダメになったか。粒子砲も狙うことが出来なくばないのと同じだ」
「どうしましょうか?」
「アガルタを前進させて迅龍に接舷させよ――。あの娘を迎えにいかねばならん」
その言葉に従い、アガルタを先頭にして高速砲艦四隻は迅龍に近づいてゆく。
迅龍は、周囲に自身の装甲板を撒き散らしながら宇宙空間を力なく漂っていた。
「ふん……、デブリが邪魔だ――、力学制御で払い落とせ」
「了解致しました」
迅龍に近づいたアガルタがその周囲に重力場を展開し始める。そのままデブリは――、
「!! 待ってください! デブリの中に!!」
「?!」
ズドン!!
凄まじい衝撃とともにアガルタの艦橋の明かりが消える。そして、次には真っ赤な非常灯が点灯して警告音が鳴り響く。
「く?! なんだ?」
「デブリの中に――、攻性機雷が……」
「……」
ヴェロニアは黙って椅子から立ち上がった。次に衝撃で一瞬消えていたモニターが回復する。
そこにはスラスターをふかしてその場を去る迅龍の姿が写っていた。
「僚艦は?」
「……二隻の中波を確認。混乱に陥っている様子で……」
「残り一隻で……、迅龍を仕留めろ」
「よろしいので?」
その言葉にヴェロニアはそれまでで最も恐ろしく歪んだ怒りの表情を見せる。
「黙って命令を聞け」
「……了解」
――だが、その命令が伝達される前に、さらなる混乱がヴェロニア艦隊を襲う。
「――!! 次元振動を確認! ワープドライブによるものと思われ!」
「?!」
ヴェロニアが黙って索敵士を睨むと。索敵士は恐怖に顔を歪ませながら言葉を発した。
「リヴァイアサン級突撃艦4隻――、ワーム級高速砲艦4隻。アンネリース艦隊です!!」
「……」
この戦況にあって現れた新たな勢力に、さすがのヴェロニアも悔しげに顔を歪ませるしかなかった。
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