Section 7: 不可視の外套

 空から舞う雪が増え、吹雪き始めた時、ジオは巨大な人型機動兵器群と一人で対峙していた。

 全長4mを越えるその巨体は漆黒の装甲で鎧われ、白い吹雪の中で闇が溶け出しているかのように存在感を放っていた。

 その真紅の眼光は鈍く輝き、ジオを見下ろしている。その腕には、重力場の刃を形成できる機能を持つ、ライフル型の大口径重火砲を持ち、その銃口をジオに向けていた。


【生身で我らに立ち向かうか?】

「当然――、てめえ等をぶちのめす」

【――】


 その言葉に一瞬無言でいた人型機械の群れであったが……、


【くく……、ははははは!!】


 あまりのおかしさに声を上げて笑い始めた。


【まさか……、我らに対してお前がどうにか出来ると? 人型バインダーは……】

「専用のPSIデバイスを内蔵し、それでPSI能力を本来より高いレベルまで強化できる」

【……わかっているじゃないか。そうだ、ここにいるものは全員PSIランクが4前後の者たちだが――、それでもこのバインダーを装備することで生身で言うPSIランク7まで強化されている】

「要するに……、ここにいるお前ら一人ひとりが、だいたい俺と互角だって言うんだろ?」


 ジオの言葉に対して、その場にいる全てのバインダーがジオに意識を向けた。


【諦めろ……、お前では――、我らには勝てぬ。ここにいる8機全員でかかる必要もなく、2,3機でお前はなぶり殺されるだけだ】

「は――」


 その言葉にジオは鼻で笑って答えた。


「……お前ら――、少し勘違いしてないか?」

【何?】


 ジオの言葉にバインダーの兵士達は疑問を得る。それに対しジオは笑顔で答えた。


「人型バインダーの性能を否定する気はないが――。そんな鎧に守られて……、弱者を嬲ることしかしてこなかったであろうテメエ等が、この俺に勝てるとホンキで思っているのか?」

【……】

「結構図星だろ? ヴェロニアって弱者を嬲るのが大好きだもんな? ……テメエらも、そんなきれいな装甲のバインダーに乗ってんだから、地面這いずって足掻いたこともないんだろ?」


 その言葉に部隊の隊長格が答える。


【そんな無様な戦いをする必要はない――。常に我々は最強であり、ヴェロニア様の力を体現する存在だからな】

「は……、ならばテメエ等には俺一人で十分だな」


 フオオオオオオオオオオオオ……!


 地下からせり上がる40メートル級の航宙艇を背景に、ジオはバインダー部隊を睨みつける。それを見たバインダー部隊の隊長が頭上で手を振る。その合図に反応して、8機のバインダーのうち6機が航宙艇に向けて銃口を向けた。


「させねえ……」


 その言葉が発せられた瞬間、ジオはバインダーの群れへと高速で突進した。

 それに対し、残りの2機は冷静に行動し、手にした重火砲を重力場剣モードへと変換。ジオを両側から挟み込む形で追い詰めようとした。


「は――、遅え……」


 その瞬間、2機に挟まれた位置にいたジオは姿を消した。高速で走っていた二機は接触しかけ、その場で停止し、体勢を立て直した後で周囲を見回した。


【消えた?! 何で……】

「は――」


 ズドン!


 凄まじい衝撃とともに、2機の内の1機が空中へと吹き飛ぶ。そして――、


「はあああああ!!」


 いつの間にか空中へと飛翔していたジオが、その1機を、銃口を航宙艇へと向けるバインダー群めがけて蹴り飛ばしたのである。


【あ――!】


 銃口が火を吹くのと、その1機のバインダーが群れに突っ込むのはほぼ同時であった。


 ドン!! ガガガガガガガ……!!


 衝撃と爆発音が響き、飛んできた1機の直撃を受けたバインダー群は一気に混乱し、その重火砲を本来の狙いとは全く違う方向へと放った。

 その火砲の一部は、同士討ちを引き起こして味方を沈黙させ、また一部は航宙艇の装甲をわずかに削った。しかし、航宙艇は何事もなく上昇を続ける。


【くそ――、どういう事……】

「はは……、お前のソレはどっかの工場で生産された量産機だろ?」

【何?】


 いつの間にかジオが背後に立っていた。


【な――、なぜ……、いつの間――】

「機体のセンサーに頼りすぎだ」


 ズドン!!


 凄まじい衝撃があってバインダーの装甲が明確に凹む。そして、そのまま火花を散らしてその場で沈黙した。


「便利だよな……、バインダーにはセンサー類も搭載されてて、パワーアシストもされる、生身と違って全てが自前……とはいかない」


 その時――、8機いた人型バインダーは、動けるものだけで数えると4機まで数を減らしていた。


「だが逆に言えば――、完全には信頼できないはずの、外付けのセンサーに頼っているということで……」


 その瞬間、ジオの左目のPSIデバイスが怪しく光を放った。


【え?】


 次に、ジオがその姿を消滅させる。それを見て驚く4機のバインダー達。

 そしてジオは彼らが自分を見失ったその間に、4機のうち1機の足元に静かに忍び寄っていた。

 その1機がジオに気付いた時には拳が一閃されていた。彼の姿を見失っていたバインダーにとっては予測不可能な拳撃、その速度に反応することすら出来ずにそいつは直撃を受けるしかなかった。


 ズドン!!


 その1機は激しい衝撃とともに宙を舞った。


【く……、態勢を……立て直せ。そいつは――機体のセンサーに、欺瞞を仕掛けて――】


 呻きのような声を発しながら、先程沈黙した内の1機が動き始める。


【センサーに頼るな――、PSIデバイスの機能を索敵方面にも振り分けろ。そいつのPSIデバイスは――、センサーを欺瞞出来……】


 ジオは一瞬でそいつに間合いを詰めると、そのまま拳を叩きつけた。


「御名答だ――、俺のPSIデバイスにはその機能がついてる」


 その瞬間、再びジオの姿がバインダーたちの目前から消えた。いや――、決して消えたわけではない。

 ただバインダーの目――、機械的センサーに映らない不可視の外套を、ジオがその身に纏っただけであった。


「それが機械的なセンサーである限り……、俺の姿は不可視となる。お前らは――、その鎧に頼りすぎたな?」


 そのジオの言葉を聞いて動けているバインダーはすでに3機である。

 その3機は、慎重な動きで見えないはずのジオの周りを取り囲んでその手の重力場剣を構えた。


「お? 流石にここからは、こんな小手先の手は食わんか?」

【当然だ――、ここまでよくもやってくれたな】


 ジリジリと迫るバインダー3機の気配を感じながら、ジオはその拳を握った。


(――あと3機……、なんとか――)


 そう考えたジオに向かって、浮上し続ける航宙挺から声が発せられた。


「お兄ちゃん!! そいつ等を振り切って早く乗って!!」


 それは航宙艇の艦橋にいるミィナの声であった。


「おう! コイツらを片付けたらすぐ行く!」


 そうジオは叫ぶ。――と、その瞬間……、


 ドン!!


 いきなり航宙挺の側面が爆発する。装甲がめくれて煙が立ち上り、その船体が大きく揺れる。


「な?!」


 ジオは航宙挺を襲ったものが何かすぐに理解する。

 先ほどまでの戦いの中で沈黙していた5機のバインダーのうちの1機が動き出して、その重火砲を航宙挺に向けて放ったのである。


【――は、これで少なくとも、そいつで宇宙へは行けまい】

「く……」


 ジオは最悪の事態に唇を噛む。

 それまでジオ側が有利に働いていた戦いは、ジオにとって苦しい状況へと向かいつつあった。



◇◆◇



 ビー!!


 航宙挺の中、激しい警告音が響く。


「これは――、重力波砲の直撃?! これでは――」


 航宙艇の操縦桿を握るロバートが苦しげな表情で呟く。

 各自、近くの手すり等を掴んでいる他のメンバーは、心配そうにロバートを見つめた。


「E=B機関に異常発生――、クソ……、出力が安定しない……、飛ばすだけで手一杯で――、下手に動かすと墜落する」


 苦しげに呻くロバートの耳に艦内放送が響く。


【こちら――、管理体ティアナ……、E=B機関に致命的損傷――、宇宙空間への脱出は……不可能】

「ティアナ……、機関はどれだけ持つ?」

【低出力を維持して約30分が限界……、でも――、そもそも出力が安定しない】


 それは操縦しているロバート自身が理解できることであった。船体の浮力が、まるで寄せては返す波のように変化しており、船体を安定化させることしか出来なくなっているからである。


「マズイ……、このまま次の攻撃を受けたらおしまいだ」


 ロバートの額に汗が滲み、焦りが心を支配し始める。――と、その時、


「おやじ……、俺にかわれ」


 ロバートの操縦桿をその手の上から握りつつエリオットが言った。


「俺なら……この程度、どうにか出来る」


 そう言うエリオットは真剣な表情でロバートを見る。――ロバートはそれを一瞬だけ驚いた顔で見てから……、


「あとは頼んだ……」


 そう言ってエリオットに操縦席を譲ったのである。


「ティアナ……とか言ったか? リアルタイムでE=B機関の出力変動の予想値を表示できるか?」

【それは……、大丈夫、なんとかなる】

「ならば……、そうしてくれ。あとは俺がコイツを飛ばす」


 そう言ってから、エリオットは今度はミィナの方を向いて言う。


「小僧を早く船に下がらせろ……、時間がない、とにかくこの場を離れなくてはならん」

「わかった……」


 ミィナは頷いてからマイクに向かって話し始める。


「お兄ちゃん! 急いで!! ここから脱出するよ!」


 エリオットはその言葉を横目で聞きつつ操縦桿を握る。


(は……、まさか再び、船の操縦桿を握ることになるとはな……。でも……)


 エリオットは小さくため息を付くと声に出して宣言した。


「こうなったからには、最後まで付き合ってやるさ!」


 その言葉に、ジェレミア達は笑顔で頷いたのである。

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