Section 4: 意地を張る男たち

 その時、酒場の近くでは、多くの人たちが上空に浮かぶ異様な影を見つめていた。


「何だよアレ……。なんで酒場が……」

「ロバートのおやじ……大丈夫なのか?!」


 人々は口々に酒場の主人の安否を語る。そんな群衆に向かって上空の幻獣共がその虚ろな眼光を向けたのである。


【群衆ども……我々はヴェロニア様配下の、機動戦術海兵部隊である。死にたくないなら、この場を去って家にでも籠もっているがいい】

「え……、ヴェロニアって、あの……」


 群衆達は、その名を聞いただけで怯えた表情を浮かべる。


【失せろ……、火砲で死にたくはなかろう?】

「う……」


 それまで酒場の周囲に集まっていた人々は、蜘蛛の子を散らすように逃げ始める。

 それを心底蔑んだ目で見下ろす機械の幻獣。


【ふん……それでいい。弱者は弱者らしく、我らに従っているんだな】


 そう吐き捨てると、その飛行翼から力場を放ちつつ、機械の幻獣は潰れた倉庫の上空を旋回し始める。


【よく探せ……、目標以外の者は殺して構わん】


 そう言って上空を飛行するその巨体を、酒場の影から見つめる四人の人影があった。


「くそ……、ヴェロニアの手下どもが。好き放題しやがって」


 その四人の内の一人、頬に湿布薬を貼り付けた男が悪態をつく。


「おやじさん……大丈夫かな」


 心配そうにもう一人の若い男が言う。


「まさか……アイツラも巻き込まれちゃった?」


 そう言って髪型を治すのは、そこそこ顔のいい、ニヤケ顔を貼り付けた優男である。


「奴らの心配をするのか? お前は……」


 静かな口調で喋るのは最後の一人。角刈りで額に傷を持ったいかつい男である。

 その言葉に優男が言う。


「だって……あの子、一瞬顔が見えたけど可愛かったから」

「お前は……可愛い女なら何でもいいのか」


 優男の言葉に、額に傷の男が答える。それに対して優男は笑いながら頷いた。


「だいたいそうだね……」

「お前は……その連れに真っ先に殴られてたろうが」


 傷の男の言葉に優男は笑う。


「ああ……、そうだっけ?」


 ――そう、今、上空を見上げているこの四人は、先程酒場から逃げ出した元地球軍軍人たちだった。


 リーダー格であり、頬に湿布薬を張った男――、エリオット・エッガーはつまんなそうな表情で言葉を発する。


「あの小僧がどうなろうが知ったこっちゃない」


 その言葉に若い男――、アラン・バズビーが同調する。


「まあ……そうですよね」


 しかし、それに異を唱えるのは、優男――、ジェレミア・クチノッタである。


「男の事はどうでもいいが……、女性が危険に晒されているのを見過ごすと?」


 それに呆れ顔で返すのは、額に傷の男――、ドミニク・ハズラック。


「それこそ俺達には関係がないだろう?」


 しかしジェレミアは言う。


「関係なくはありませんとも……。少なくとも私は彼女が心配なので」


 その言葉とともに腰のブラスターを引き抜くジェレミア。さすがの他三人は慌てた表情をした。


「まて! 相手はバインダーだぞ?! 生身でどうこうできるか!!」

「どうこうする必要はありませんとも。密かに救い出せばよろしいかと」


 その言葉にドミニクが反論する。


「密かに……出来ると? あの機体はエレメンタル用のバインダーだ、おそらく高性能のセンサー類を装備している」

「それに……、今、見えているだけでも、十機近くは飛んでいますよ。救出など無理ですよ」


 ドミニクに同調する言葉を言うアランの顔をジェレミアは見つめる。


「とにかく……、俺等は、あの海戦で死んだも同然なんだ、今更あのヴェロニアには敵わない」


 エリオットはそう言って唇を噛む。そう……、ついこの間の海戦で、彼らは自分たちの家である航宙艦と、同じ家の家族であった同僚を失っているのだ。

 そのように諦めるのは当然だと言えた。


「……」


 その三人の表情を見つめるジェレミアは、……小さくため息を付いてから上空を旋回するバインダー群を指さした。


「……今更……、ですか――、それなら今更惜しむ命など我々にはないでしょう?」

「ん?」

「奴らに家族を殺されて……、家を壊されて……。そもそも――、地球政府から見捨てられてもいる私達に……、意地以外の何が残っていると?」

「意地……」


 ――と、不意に倉庫の残骸から、何かが上空に向かって飛翔する。


「あ……」


 エリオットはその光景を驚きの目で見つめた。


「小僧……」


 上空に飛び出したその存在は、空中を旋回するバインダーの一機に取り付くと、その拳でバインダーの装甲を殴りつけたのである。


 ドン!!


 衝撃とともにバインダーが揚力を失って墜落する。その落下するバインダーを足場にその存在は上空へと再び飛翔し……。


「あの小僧……マジか――。素手で機動兵器――、バインダー相手に戦ってやがる」


 流石にエリオットは驚きの目をそいつに向けた。

 そのバインダーと戦っている者とは……。


「はああああああああああ!!」


 気合一閃、ジオはその拳を空飛ぶ機動兵器に叩きつける。

 銃弾はおろか爆薬すら破砕できないはずの、その外部装甲があっさりと砕かれる。


【なんだ貴様……、まさか――、PSIデバイス持ちのオーガヒュームか!!】

「気づくのが遅え!!」


 ズドン!!


 機械の黒竜達は、その人間の拳を受けて次々に墜落してゆく。


【クソ……、イレギュラーだ! 早く後続部隊――、陸戦バインダー部隊をよこせ!!】

「は……、そいつが来る前に叩く!」


 ジオはそう言って笑う。それを遠くで見つめるエリオット達は――、


「あいつ……なんで」

「戦う理由があるからですね」


 そのジェレミアの言葉に俯くエリオット。


「俺等には……」

「もうなにもない?」


 そのジェレミアの言葉にエリオットは頷く。


「家は失った……家族も死んだ……、あと残ってるのはお前らだけだぞ?」

「まあ……そうですね。これ以上失いたくはないですよね」


 ジェレミアは笑う。


「でも……でも、私は忘れてはいませんとも。失った家族の……、その最後を」


 エリオットは、そしてアランとドミニクは、ジェレミアを見つめる。


「恨みから戦う……、無論それは私達的には違うとも思えます。しかし、少なくともやられっぱなしで燻っているだけなんて……」


 その言葉に三人は目を見開き――、


「そんなのは……、女性にモテません!」


 一斉にジト目をジェレミアに向けた。


「結局それか……ジェレミア」


 エリオットの呆れ顔にジェレミアは満面の笑顔を向ける。


「ふふ……それだけではありませんとも!」

「?」


 ジェレミアはニヤリと笑うと、他三人の目を見つめていったのである。


「あの少年――、戦術兵器級だって酒場のマスターが言ってたでしょう?」

「む……」


 その言葉を聞いて何かを悟る三人。


「あの少年なら……、万が一にもあのヴェロニアに吠え面をかかせることが出来るかも……、そう思いませんか?」

「……は、それはなんとも分が悪い賭けだな」


 エリオットは頬に張った湿布薬を撫でる。


「だが……わかったよ。あの酒場のおやじさんには世話になったし……な」


 そのエリオットの言葉に他三人は頷いた。


「まあ……私的には女性のピンチを救って、惚れられるというのを期待してるだけですが」

「まあソレを口に出すのがジェレミアのジェレミアらしいところだな……だが」


 そしてその四人は腰のブラスターを引き抜いた。


「まあ……意地を張ってみる価値はあるかもな」


 ――こうして地球軍崩れの男四人は、ブラスターを手に戦場へと駆け出す。

 その先に遥かなる旅路があることを、この時の四人は気付いてはいなかったのである。

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