Section 3: レヴィアの想い

 私は今日もあの日の夢を見る。


「――ごめんね、ティアナ……、貴方は多くの欲深い連中に狙われている。このまま、貴方が連中の玩具にされるのを見てはいられないのよ」


 ”Do Androids Dream of Electric Sheep?”


 ”アンドロイドは電気羊の夢を見るか?”


 ――夢を見る、その機能を”長い旅路”の果てに得た私達は、果たして幸福なのだろうか?

 なぜなら私は、その辛く悲しい夢を今日も見せられるのだから。


「ティアナ……、貴方は私の船とともに亜空間に封印される。忘れないで……、私は貴方を――」


 私は封印されたくなかった。貴方と一緒に生きていたかった。

 宇宙そらの果てまでともに行きたかった。


 ――でも……、


「私は貴方を……愛している。私の――、最も大切な親友」


 なぜ……とは言えなかった。彼女の想いは痛いほど理解できた。

 乞われて命を賭け、そして絶望的な戦いを戦い抜いて――、その果てにあった人々の幸福。

 でも、その先に自分の居場所はなかった。戦いが彼女を殺戮者へと押し上げ、その自ら生み出した幻想が彼女を追い詰めた。


 彼女は女王――、冷徹で冷酷無比な、宇宙うなばらの海賊女王。

 別に感謝されたくてそれをしたわけではない。彼女自身、自分がただの無法で打算的な海賊でしかないことはわかってはいたのだ。

 でも――、たった一握りの正義感が、苦しむ人々を見捨ててはおけなかった。ただの愚かな海賊に過ぎない自分が、人々の幸福を守れることが少しだけ誇らしかった。

 でも――、追われた、そう……、結局彼女はただの海賊。決して、かのメルヒオール星系の【エタニア絶対女皇】のような英雄にはなれない。


 ――レヴィアは言った。


「彼らは、かつて私に戦うことを望んでいた。そして今は私に死ぬことを望んでいる。だから――」


 ――だから、私は死ぬのだ。その死出の旅に親友を連れて行くことは出来ない。


(バカ……、貴方はホントにバカだ。貴方が私の死を望まないのと同じように、私だって貴方の死は望まない……)


 だから――、一緒に逃げよう? 宇宙の果てまで――、それが私には出来る。

 海賊女王――、殺戮者レヴィアの旗艦……、皇帝に仕えし王佐の龍”応龍おうりゅう”……、その心であるこの私ならば。


「レヴィア……」


 彼女はそう小さく呟く。それに誰かの声が答えた。



◇◆◇



「レ……ヴィア」

「母さん?」


 その金髪の少女が小さく呟く。その名は確かに、ジオとミィナの母親の名前であった。


「レヴィアって……、母さんの名前」

「どういう事? お兄ちゃん」


 ジオはかつての記憶を思い出す。

 いつも美味しい料理を作ってくれた母。悲しい時は慰め、負けそうな時は叱咤してくれた母。

 その母の名を、目の前の謎の少女は発したのだ。

 無論、ただの偶然という可能性は否定は出来ない……が、


「……」


 ミィナによって傷の治療を受けている酒場の主人は、神妙な顔でその少女の顔を見る。


「……まさか、レヴィア――、それにこのエレメンタルの少女は」

「何だおやじ?」

「以前から……、気にはなっていたんだ。お前のお袋さんの名前が」


 そう言って小さくため息を付く酒場主人。


「レヴィアとは……かつてジオ星系から地球軍を追放した海賊女王の名前だ」

「まさか……、それが俺の母さんだって?! ただのどこにでもいる専業主婦だったぞ?」

「俺も知ってるさ……、お前の親父さんが酒場で酔いつぶれた時、申し訳無さそうに謝りながら酒代払ってくれた、とても優しげな人だった」


 レヴィア……、その名は地球軍軍人にとっては死神の象徴。

 絶望的な戦力差を覆し、地球軍を敗走させた殺戮女王。


「俺も……、航宙艦の艦長だったときに、一度やり合ったことがあった。まさしく、殺戮女王の名にふさわしい恐ろしい女だった」

「……」


 酒場主人の言葉にジオは黙ってうつむく。


「しかし、彼女は――、裏切られた……、ジオ星系の連中は、彼女が地球軍を追い出すと、次に彼女を亡き者にしようとした」


 彼の言葉にはどこかしら哀れみのような声色が読み取れた。


「暗殺されたと聞いた……、でも生きていたんだな。この惑星クラン……、二度と飛び立てないブラックホールの底で」


 ――と、不意に気絶していた少女が目を覚ます。

 彼女は薄く目を開けると言葉を発した。


「……はは、まさかかつての敵にすら哀れまれるほどとは」

「お前……」

「そうだ――、逃げんたんだ。彼女は」


 ジオがその少女の言葉に眉を寄せる。


「レヴィアは逃げた……、全てをなかったことにして逃げた、親友の私すら見捨てて――逃げた」

「お前!!」


 ジオは少女の襟首を掴んで持ち上げる。


「母さんを馬鹿にするな!」

「……」


 少女は感情のない目でジオを見つめる。


「馬鹿にするな? 何も知らない小僧が何を言うか……」

「何?!」


 少女は虚空を見つめながら呟く。


「……私は――」


 その瞳から一筋の涙がこぼれる。ジオは驚きの表情でそれを見つめる。


「逃げるなら……、私も連れて行ってほしかった。私は……、封印されて――、彼女の死に目にすら会えなかったんだぞ?!」

「……お前」


 ジオは襟首を掴む手を離す。そして、小さく頭を下げた。


「ごめん……、俺は――」


 ジオはその時になってやっと気づく。目の前の少女が、決して母を馬鹿にしたくてそういったのではないと。


「あんた……母さんを知ってるんだな?」

「ええ……誰よりも知ってる」


 ジオは頷くと、その少女の目の前に膝をついた。


「母さんは……あの海賊女王だったのか」

「そうね……、正直私も驚いたけど」


 少女が小さく笑ってジオは困惑の表情を作る。


「最近封印から出てきたばかりだから……、そう、あの女、母親になったのね」

「……」

「不思議な縁だわ……逃げて、逃げて……、逃げ隠れた先に、貴方が――、彼女の息子が現れるなんて」

「逃げて?」


 ジオが不審な表情を浮かべると、少女は頷いて答えた。


「レヴィアは……私が悪用されないように、ある場所に私を封印してからこの惑星に来たのよ。でも……その封印は破られ――」

「まさか! 誰かに追われて……」


 ――と、不意に酒場主人が横から口を出す。


「ヴェロニア?! まさか……、あの狂人か!!」

「そう……、彼女は私に服従を望んだ。かつてのレヴィアのように……ってね。ほんと馬鹿な女ね――」


 少女は小さく笑っていう。


「レヴィアは……一度だって私に服従を強いたことはないわ。私は望んで彼女について行ったのに」

「それで……、そいつから逃げて?!」

「そうよ……、あいつは言ったから。”レヴィアは一時の迷いで私達を捨てて逃げた――、が、レヴィアの本当の意志を継げるのは私だけだ……”と」


 その少女の言葉に酒場主人は考え込む。


「……彼女は――、自分の信じたい幻想のレヴィアを信じているみたいね? 信仰……とでも言うのかしら?」

「お前――」

「どっちにしろ私はレヴィア以外には従うつもりもないし。だから奴から逃げて……、奴の艦のライブラリーからこの惑星のことを知って」

「ここに逃げてきたのか……」


 ジオの言葉に少女は頷いた。


「墓参り……のつもりもなかったけど。良かった……、少なくともあのレヴィアの忘れ形見にあうことが出来た」

「……お前――、いや君の名は?」

「私? ……私の名はティアナ――。……最も、大抵の連中は”滅びの龍”って呼ぶけど」


 その少女……ティアナの言葉に、酒場主人が小さくため息を付いた。


「滅びの龍――、懐かしいな……。たった一隻で地球軍艦艇を数十隻も撃沈した宇宙最強の龍神――。かつて地球の神話にあった王佐の龍”応龍”の名を持つ船」


 少女は小さく笑って酒場の主人を見つめる。


「貴方は――、ロバート・ボートマン……、ここにいたの」

「俺のことを知っているのか?」

「覚えてますとも……、私を追い詰めた地球軍艦艇の艦長……。数少ないその一人の名前だもの」

「それは……光栄というべきかな」


 酒場主人――、ロバート・ボートマンはそう言って笑ったのである。

 ロバートはすぐに笑顔を消して言う。


「……でだ、これからあんたはどうするつもりだったんだ」

「……」


 その暗い表情に何かを察してロバートは言う。


「――レヴィアの死を確認して。後を追うつもりだった?!」

「!!」


 ロバートの言葉にジオとミィナは驚きの表情を作る。


「なんで?!」

「私が生きていたら……、レヴィアの危惧したとおりになる。私はあの女に暴力装置として扱われる」

「だからって……」


 ジオの言葉にティアナは悲しげな表情を作る。


「レヴィアのいない世界に……生きる意味などないのよ」

「そんな事……」


 ティアナの悲しい言葉に顔を歪ませるジオ。


「ジオ……って言ったかしら? レヴィアの墓に案内して……、そこで私は逝きたい」

「そんな事出来るか!!」

「……」


 ジオは怒りのままに叫ぶ。それを静かにティアナは見つめた。


「あの……ティアナさん」


 ――と、不意にミィナが口を開く。


「本当にそれが貴方の望みなんですか?」

「そうよ……、私はレヴィアのもとに逝きたい」

「……そうですか。それは……、そう思うのも仕方がないのかもしれません」


 ミィナの言葉にジオが何かをいいかける。――が、それをミィナの瞳が制した。


「でも……少なくともお母さんは、貴方にそうなってほしくないって思ってると確信出来ます」

「……貴方」

「お母さんが貴方を封印した時、貴方に何をいいましたか?」

「それは……」


 ミィナはティアナの瞳を見つめながら言う。


「お母さんが一言でも、貴方に共に死んでほしいって言いましたか?」

「……く」

「お母さんはそんな事……」


 その言葉を聞いてティアナは激昂する。


「貴方にレヴィアの何が判ると……!!」

「わかりますよ?」

「……!」

「私達は……、貴方が大好きなレヴィアの子供なんですから」

「あ……」


 その言葉を聞いてティアナは一筋の涙を流す。


「レヴィアお母さんは言っていました。私には昔、とても大切な友達がいたって」

「……」

「自分のわがままで引きずり回して、もうこれ以上彼女に迷惑かけたくなくって離れたって」

「レヴィア……」

「でも……、今は本当に後悔しているって」


 ミィナは笑っていう。


「自分は、宇宙に戻る手段を失って……、迎えに行くことも出来ないバカだって」

「う……」

「何よりも……、自分が幸せに――最後を生きていることを……。子供たちが生まれたことを教えてあげることが出来ないって」


 ティアナはただ涙を流しながらその場にうずくまる。


「私ははっきりと覚えてるんです……。お母さんがあの日、古いリアクターの爆発事故で、お父さんと一緒に空に旅立った、その日に話してくれたことですから」

「……」


 ミィナはその瞳に小さく涙を浮かべている。ジオはその妹の涙を拭うと、小さく頷いてティアナに言った。


「俺達はだから宇宙そらを目指す。母さんがかつていた空、そして後悔を残してしまった空……、そして今も母さんや父さんがいる遥かなる宇宙そら

「ジオ……」


 ティアナは小さくその名を呼ぶ。ジオは頷いてティアナに手を差し出した。


「もう一度行こう! あの宇宙そらへ」

「でも……」

「ヴェロニアも、何もかも……、君を不幸にする奴は俺が拳でぶっ飛ばす」


 そのジオの言葉にティアナは目を見開いた。


「……おそらく、その先に果てなき戦いが待っているとしても?」

「ああ……、俺は誰にも負けねえ」


 そのジオの言葉を聞いてティアナは小さく笑った。

 その光景を眩しそうな表情で見つめるロバートは、――不意に真剣な表情になる。


「?」

「おやじ? どうした?」

「今……変な音が……、いや、これは――」


 ロバートははっと顔をこわばらせてジオたちに向かって叫ぶ。


「ジオ!! 二人を守れ!!」

「?!」


 その言葉にジオはミィナとティアナを両手に抱えた。

 次の瞬間――、


 ドン!!


 惑星クラン――、酒場裏にある倉庫が爆炎をあげて爆発する。

 その上空には……、幻想世界から抜け出してきたかのような……異様な機械の化け物――、


【目標を確認……、生命反応あり、瓦礫の下に閉じ込められていると推測】

【……そのまま確保に動け。相手はエレメンタルだ、脳が生きていればそれでどうとでもなる】

【了解……】


 空を舞う戦闘機械【バインダー】――、翼竜の如きその黒い姿は……、まさしく人々の恐怖を体現するものであった。

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