幻想使いの成り上がり
ないと
第1話 落ちこぼれ
——君は勇者の家系に生まれたのだから、勇者になるべきだろう。
学区に通っていた時、友達にそう言われた。
確かにその通りだと思った。俺には勇者になって、この世界を脅かす魔王を倒す責務がある。
憎き魔物を薙ぎ倒し、伝説の剣を手に仲間と一緒に旅をする。
そんな勇者に、きっと少年たちは憧れていたことだろう。
しかし、勇者の家系、ベリオス家には絶対的な決まりがある。
——力こそ至高であり、結果こそ正義である。
煌びやかに見える勇者の風雅も、その裏には暗澹たるしがらみが蔓延っていた。
「——ライガー、お前は優秀だ。そろそろ
べリオス家当主、ハルト・べリオスはその長男であるライガーを痛く気に入っていた。
剣の腕前、闘気の質、魔物への無慈悲さ。
どれを取っても一級品。
まさに、ハルトにとって理想の最高傑作だった。
「はい、お父様。俺も、そろそろ本格的な訓練が必要だと考えていました」
金髪の美青年、ライガーは父の言葉に対して、凛とした面持ちで肯首した。
ハルトは満足そうに笑みを浮かべる。
「ならば、近いうちに
「ありがとうございます! お父様!」
食卓の上には、暖かな空気が流れ、それは側から見れば理想的な家族の画とも見て取れる物だった。
しかし、とその空気を突くようにハルトは声を落とした。
「レンジの奴は何をしているんだ?」
「ああ、アイツなら薪割りをしてる所です。あれから二週間立つと言うのに、まだ百個もできていないらしいですよ」
まるで仇でも蔑むよかのように、二人は黒髪の少年を思い浮かべて顔を顰めた。
「レンジ……奴はベリオスの性を冠することも許し難い、どうしようもない軟弱者だ。それに比べてお前は、本当によくやっている」
「いえ、お父様。魔王を倒すには、まだ途方も無い鍛錬が必要です。ですが、いつの日か必ずやり遂げて見せます!」
——しょうもない馴れ合いだと思った。
俺——レンジ・ベリオスは今日も今日で薪に向かって闘気を流し込む。
きっと、兄と父は今も俺のことをダシに飯を喰らっている。
おそらく互いに互いを認め合って、清い親子の絆とやらを深めている所に違いない。
でも、俺には何も言う権利がない。
なぜなら、それだけの力がないからだ。
「何故……なぜこの程度のこともできない!」
執事のダリスに鞭で背を叩かれる。
初めは激痛に悶えたが、最近は慣れてきたもので気持ちよさすら感じてきた。
良くない方向に耐性がついてしまった気がする。
ともかく、俺は闘気の初期段階的な訓練、薪割りを完遂しなければならない。
自分の胴体くらいある木材に、闘気を流し込んで等分する。
それが、薪割りの訓練。これができて初めて、闘気使いのスタートラインに立ったと言える。
「ライガー様は、これを千本、三日でやり遂げたんだぞ! だと言うのに、お前は二週の時間で百本すらできないときた! 勇者の一族がなんたる醜態!」
ダリスは激昂して再び鞭を振るった。
コイツ、父さんに命令されてこんなことしてるらしいけど、多分かなり乗り気だ。
まあ、気持ちは分かる。
弱者は見ていて胸糞が悪くなるものだから。
ミシッ。
木材が音を立てた。
俺は一気に手に力を込めて、身体中の闘気を総動員した。
パカンと木材が割れた。
等分ではない。なんだったらかなり歪だ。
それでも、間違いなく闘気で割った。
「八十、八本目……」
陽が傾いて、赤くなる。
夜までに終わるだろうか。
今日も飯抜きにならないことを祈ろう。
=====
あれから一週間たった。
俺は変わらず薪割りをしている。
しかし、珍しいことに執事のダリスが変わったことを言い放った。
「今日はライガー様の師匠候補の方々が来られる。私も同席しなければならないため、お前の面倒を見ることはできない。大人しく、薪割りをしていることだ」
「あ、ああ」
「いいか、くれぐれも来客の方の眼に触れるなよ。お前は視界に入るだけで罪に問われる存在であることを弁えろ」
嫌に念を推してくる。
とりあえず頷いておくと、ダリスの奴はいそいそと行ってしまった。
——薪と向き合ってみる。
うむと唸り、闘気を流し込んでみる。
横目で辺りを見回した。
今度はわざとらしくペシペシと音を立てて木材を叩いてみる。
再び辺りを確認し、誰も来ないことを認識する。
本当に行ってしまったらしい。
「よし、フケるか」
何が大人しくしておけだ。誰も見ていないところで真面目にやっていられるほど俺は馬鹿じゃない。
久しぶりの自由に、ウキウキとしながら向かう先は厨房だ。
厨房は屋敷の一階にある。昼過ぎなので、使用人は誰もいない。絶好のチャンスだ。
「確か、上から三番目のここにあったはず……」
棚を開けると、そこには水瓶が鎮座している。
ゴクリと喉を鳴らす。
蓋を開けるとほんのりと甘い蜜の香りがした。
試しに中身をすくって、皿に盛ってみる。
金色の液体がキラキラと踊る様に目を惹かれる。
それで、試しに見た目を上から眺めてみる。
透明な液体の向こうで、細やかな気泡が魅惑的にこちらを見つめる。
試しにそれを口に近づけて、中に放り込む。
瞬間、口の中で溶ける甘味成分。
ドロっとした重厚な感触が舌の上を支配し、それにフレッシュな甘味が追随する。
これが——幸福の味。
疲れ切った体が息を吹き返すかのようだった。
「これだよ、これ……! ゴールデンスライムの蜜だ!」
「おや、ここで何をしているんだね少年。訓練のサボりかの?」
瞬間、怖気が全身を駆け巡った。
誰だ。
振り向くよりも先に、数々の言い訳が脳内を過ぎる。
どうする!? どうしよう!? まさかこの時間に厨房に人がいるとは思わないだろ!?
——終わった。
絶望しながら振り向けば、そこにいるのは使用人でも家族でもなかった。
「一人でヒソヒソ隠し事とは、感心せんのう」
老爺だ。
白い髭に、黒のコート。それから、髪のない頭。
「——ワシも混ぜてくれんか?」
老爺は意地らしく目を細めて、そう言った。
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