ツンツン華子からの返信は秒で来た

仲瀬 充

ツンツン華子からの返信は秒で来た

せっかく予約していたレストランだったが鳥羽は新幹線の中からキャンセルの連絡を入れたあと華子にもそのことを伝えた。

配達を頼んでおいた生花店にも電話して届け先を変更してもらうことにした。

品川駅で新幹線を降りてタクシーで自宅マンションに着くと車中から注文したデリバリーと華子が相次いでやってきた。


「今さらだけど私のどこを好きになったの?」

「恥じらいもなく」という言葉を薄めて鳥羽は答えた。

「ためらいもなくそんなことを聞いてくるところかな」

「ずいぶんね」

社内で一番の美人だけあって口を尖らせた顔もかわいい。

「合コンのあと僕の方から新橋の居酒屋に誘ったのが最初のデートだったよね」

「うん」

「お通しのイカ納豆、美味しいからだまされたと思って食べてごらんって勧めたの覚えてる?」

「忘れた」

「じゃ君が一口食べて『騙された』って言ったのも?」

「そうだった? アハハ、覚えてない」


京都で育った鳥羽には華子のあけっぴろげな物言いは新鮮だった。

とはいうものの「ツンデレ」の「デレ」の部分もいくらか欲しいところだ。

華子は会社ではもちろん二人でいる時も恋人らしい甘えやびを見せない。

いわば「ツンツン」なのだがそれは照れ隠しなのだろうと鳥羽は察している。

今日はいい機会だと思って華子に同じ問いを返した。

「君はどうだったの? 僕のこと」

「しいて言えば名前ね。京都のお公家くげさんみたいって思った」

「やれやれ名前に惚れられたのか」

「だって鳥羽とば兼忠かねただって歴史の教科書に載ってそうじゃない。東京にはそんな名前の人いないわ」

「ま、ありがとう。おねえさん江戸っ子だってね、寿司食いねえ、ピザ食いねえ」


鳥羽はおどけながらも華子の直感には感心した。

実際、鳥羽の実家は平安時代末期の鳥羽天皇にゆかりのある旧家だった。

しかし父親が若くして亡くなり現在は零落してしまっている。

そういう事情もあって鳥羽の母は息子と華子の交際を喜んだ。

華子は父親が一代で財を成した田丸興産の一人娘だった。


「ピザは一切れでいいわ。お寿司でもうお腹いっぱい」

「君の誕生日なのにデリバリーでごめん。京都を定刻に出たのに雪で新幹線がこんなに遅れるって思わなかった。年末もすまなかったね、ご両親怒ってなかった?」

「プンプンよ。千年近く続いてる鳥羽家に敬意を表して東京から出向いた上に頭を何度も下げてお願いしたのにって」

「しかし僕が君のところに婿入りすれば田丸家は安泰でも鳥羽家が絶えてしまうからなあ」

「それならそうと言えばいいのにお母さまのあの言いかたはないわ。『一代で財を築いたお宅さまも名跡みょうせきは大事でございましょうからね』って。成り金の家名なんかどうでもいいって言わんばかりじゃない」

「お互い一人っ子だからなあ。夫婦別姓の法律が早くできればいいのに」

「のんきなこと言ってる場合じゃないわよ。パパはあなたとの結婚自体を考え直せって」

「まあ焦らずに今後の対策を練ろう。泊まっていけるんだろう?」

「ママが今日は帰ってこいって。明日の朝家族で初詣でに行くの」

「じゃもう少しだけ待って。出前が届くから」

「出前? お寿司とピザ以外に?」


ちょうどその時インターホンが宅配業者の来訪を知らせた。

「待ってて」

鳥羽はエレベーターでエントランスに降りた。

部屋に戻ると後ろ手に隠していた花束を華子に差し出した。

「誕生日おめでとう」

「お花の出前? わあ、ハルサザンカ! 嬉しい、嬉しい、嬉しい!」

「やっぱり分かるんだね、僕はツバキかと思った。知り合いの花屋さんに手配してたんだ」

「どうしてハルサザンカを?」

「誕生石のネックレスにしようと思ったんだけど実家と同じく僕もふところが寂しくてね」

「それだけ?」

「それだけって、ハルサザンカが今日1月2日の誕生花だろ?」

「花言葉は調べなかったの?」

「それは気が回らなかった。何だい、ハルサザンカの花言葉は?」

「『困難に打ち勝つ』よ。私たちのこれからにぴったりじゃない」

「それで喜んでくれたのか。君が花好きなのは知ってたけど花言葉にも詳しいんだね」

「誕生花の花言葉にはヤバイのもあるのよ、『策略』とか『危険な楽しみ』とか。調べてみると楽しいわ」

「そんなに花言葉が好きなら君の方が僕のお嫁さんになるべきだね」

「どうして?」

「鳥羽華子、外国人に自己紹介するときはアイ アム?」

「あ、それいい! すごくいい!」

自分が田丸家に入れば「金ただ貯まる」、成り金の権化ごんげのようであまり品が良くない。


「僕の誕生祝いも花でいいよ。3月14日の誕生花は何だろう」

「桃の花」

「さすがにすぐ出てくるね、365日分、全部覚えてるの?」

「まさか。あなたの誕生日だからよ。でも桃はひな祭りの花だから男の人にはちょっと」

「いいじゃないか、僕は気にしないよ。花言葉は?」

「さあ何だったかしら。あなたに花をあげるのはちょっと恥ずかしいわ。別のプレゼントを考える。じゃもう遅いから帰るね」

エントランスの外まで送って部屋に戻ると鳥羽は別れ際の会話が気になった。

彼女の口から「恥ずかしい」というしおらしい言葉を聞いたのは初めてだ。

スマホを手にして「誕生花 3月14日」で検索をかけてみた。


「モモ」

古く中国から渡来し観賞用や果樹として栽培されている。

春に五弁または多重弁の花を咲かせ夏に球形の甘い果実を実らせる。

3月14日の誕生花。

花言葉「あなたのとりこ」


なるほど、これじゃツンツン華子さんが贈れるはずはない、ならこちらからいこう。

ひとりでに唇の端に笑みが浮かぶのを意識しながら鳥羽はLINEを開いた。

「愛する田丸華子さまへ  本日はお誕生日おめでとうございました。結婚までは前途きびしい道のりですが手を携えて進みましょう。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。 あなたのとりこ 鳥羽兼忠より」

送信し終わると返信は秒で来た。

「バカ!」

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